那須川天心がエストラーダにTKO勝ち。再起戦で見せた接近戦の進化

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今回の勝利を振り返って改めて感じるのは、那須川天心がただ再起に成功しただけではなく、前戦の敗戦を経て試合運びそのものを一段引き上げたということです。プレッシャーを跳ね除けて、成長した姿を見せつけた天心選手すごいです!

試合後の解説をいくつか見返していて、特に印象的だったのは、4回終了時の公開採点が競っていたにもかかわらず、那須川がそこから崩れなかった点でした。前戦の井上拓真戦では、公開採点後から流れが相手に傾いていったんですけど、今回はむしろその後も主導権を渡さなかった。再起戦という精神的に難しい状況で、それでも試合を握り直したのはかなり大きかったと思います。

内容面では、右ジャブと左ボディがかなり機能していたという見方が目立ちました。右ジャブで中間距離を支配し、左ボディでエストラーダの意識を散らす。左ボディは一発で効かせる決定打というよりも、「打たれたくない」という意識を相手に植え付ける役割が大きかったように見えます。その積み重ねが中盤以降の主導権につながったと考えると、十分に納得しやすい内容でした。

また、那須川は動いている時間帯に強く、止まって打ち合う局面ではリスクも見えた、という指摘もありました。これは今回の試合をかなりよく表していると思います。フットワークで距離を動かしながら戦っている時は主導権を握れていた一方、接近戦では被弾もありました。ただ、今回は以前より簡単に引かず、近い距離でもある程度対応していたことは、成長として見ていい部分だと思います。

そして、今回の勝利を評価するうえで触れておくべきなのは、エストラーダがレジェンド級の実績を持つ選手である一方、全盛期そのままの相手ではなかったという見方もあることです。それでも、キャリア初黒星の直後にエストラーダを相手に勝ち切り、しかも途中から明確に主導権を握って棄権に追い込んだことの価値は揺らがないですね。再起戦としても、今後の世界戦線を考えるうえでも、かなり大きな勝利だったと思います。

試合前に書いた記事↓

試合前の記事:那須川天心の相手エストラーダはどんな選手か。前回の敗戦を踏まえて見たい大一番

2026年4月11日、東京・両国国技館で「Prime Video Boxing 15」が開催されます。メインイベントは、那須川天心 vs ファン・フランシスコ・エストラーダ。WBC世界バンタム級の最終挑戦者決定戦で、118ポンド契約の12回戦です。勝った方がWBC世界バンタム級王者への正式な挑戦権を手にします。前日計量ではエストラーダが117.5ポンド、那須川が118ポンドで、ともにクリアしています。

この試合の中身を理解するには、三つのことを押さえておく必要があります。那須川天心という選手が何を武器にしていて、前回の敗戦で何が足りなかったのか。エストラーダという選手が何を得意とし、どこに綻びを抱えているのか。そして二人が向かい合ったとき、試合がどういう時間の流れで動いていくのか。順番に見ていきます。

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那須川天心はどういう選手か

那須川天心の話をするとき、キックボクシング時代の戦績やメイウェザーとのエキシビションから入る記事が多いんですけど、この試合のプレビューとしては、ボクシングの那須川天心が何を武器にしているかを具体的に見た方がいいと思います。

那須川の最大の武器は、ハンドスピードです。これはバンタム級の世界水準で見ても明確に速い。井上拓真戦の序盤、那須川のジャブと左ストレートが井上拓真の距離感を乱していた場面がありましたけど、あれはスピードだけで世界王者経験者を困らせたという事実なんですよね。

ただ、那須川の武器はスピードだけじゃないです。

一つ目はフットワーク。キックボクシング出身の選手はリング上での移動が直線的になりがちなんですけど、那須川は斜め前方への踏み込みと、打った後に横方向へずれる動きを組み合わせることができます。相手から見ると、まっすぐ来ると思って構えたところに斜めから入ってくるので、パンチの軌道が予測しにくくなるわけです。

二つ目はサウスポーの左ストレート。那須川は左構えの選手で、奥の手である左ストレートが主武器になります。この左ストレートを、ジャブで相手の視線を散らしてから打つのか、踏み込みと同時に一発で打ち込むのか、状況に応じて変えられる。軌道が一種類じゃないという点が重要で、相手から見ると同じ左ストレートでもタイミングと角度が毎回少しずつ違います。

三つ目は反応速度を活かしたディフェンス。相手のパンチを見てから上体を動かしてかわす、いわゆるリフレックス型のディフェンスが得意で、接近された場面でも顔面への被弾率は比較的低い。これはキックボクシング時代に培ったものでしょうね。

ここまでが那須川の武器です。で、何が足りないのか。それを最も正確に示したのが、2025年11月の井上拓真戦でした。

井上拓真戦で何が起きたのか

2025年11月24日、那須川天心は井上拓真とWBC世界バンタム級王座決定戦を戦い、0対3の判定で敗れました。スコアは116対112が2者、117対111が1者。那須川にとってプロボクシング初の黒星です。

数字だけ見ると完敗に思えるんですけど、試合の中身はもう少し入り組んでいます。

WBC公式の試合総括によると、4回終了時の公開採点は三者とも38対38のイーブンでした。那須川のハンドスピードが井上拓真の距離感をかなり乱していた序盤は、那須川が取っていてもおかしくないラウンドが複数ありました。

流れが変わったのは中盤です。8回終了時の公開採点では、77対75、78対74、77対76と井上拓真がリードを広げています。WBCの総括はこの変化を「王者経験者としての成熟度」と「後半のラウンドでの対応力」によるものだと整理しています。

ここから先は私の映像分析であり、公式ソースに基づく事実ではないことを断っておきます。

映像を見る限り、5回あたりから井上拓真は立ち位置を変えています。序盤は那須川のスピードに対して正面から受ける場面が目立っていたんですけど、中盤以降は那須川から見て左側にずれながらジャブを突く動きが増えました。那須川がまっすぐ踏み込む軌道に対して斜めに立つことで、左ストレートの射程をわずかに外す。踏み込みが空振りに近くなったところにカウンターを合わせる。この修正が、中盤以降の採点差につながったように見えました。

もう一つ気になったのは、那須川のフットワークの使い方が中盤以降に単調になっていった点です。序盤は斜め前方への踏み込みと横方向への離脱を使い分けていたんですけど、井上拓真が立ち位置を変えてからは、動きが直線的になって、踏み込んでは正面から左ストレートを打つ、という繰り返しが増えました。井上拓真がその軌道を読み始めると、踏み込みに合わせてカウンターを取られる場面が目立つようになった。

終盤、那須川は手数を増やして巻き返しを図りましたけど、井上拓真は距離をコントロールしたまま安全にラウンドを消化しました。クリンチのタイミングが的確で、那須川に連打のリズムを作らせなかったですね。

この試合から読み取れることは三つあります。

一つ目は、那須川の武器が世界レベルで通用しなかったわけではないということ。序盤のハンドスピードは井上拓真を明確に困らせていました。

二つ目は、12ラウンドの中で相手が戦い方を修正してきたとき、それにもう一度適応し直す作業ができなかったということ。序盤に有効だった攻撃の軌道を、相手が読み始めた後にどう変えるか。相手の立ち位置が動いたとき、自分のポジションをどう直すか。そこに引き出しの不足が見えました。

三つ目は、那須川のディフェンスが反応速度に依存する部分が大きいということです。相手のパンチを「見てからかわす」能力は高いんですけど、「打たれる前にポジションを動かしておく」という先読み型のディフェンスがまだ発展途上なんですよね。反応速度で対処できる範囲のパンチには強いけど、相手がフェイントや立ち位置の変化で反応を遅らせてきたときに、二の手がない。

この敗戦は「世界で通用しない」という結論じゃなくて、「通用する武器はあるけど、試合中の適応力と、ディフェンスの引き出しにまだ課題がある」という負け方でした。

んで、今回の相手は、まさに試合中の適応力を最大の武器とする選手なわけです。

ファン・フランシスコ・エストラーダという選手

エストラーダの戦績は45勝4敗、28KO。1990年4月14日生まれの35歳で、試合3日後の4月14日に36歳の誕生日を迎えます。2008年にメキシコでプロデビューし、フライ級とスーパーフライ級の2階級で世界王座を獲得しています。今回はバンタム級に上げての試合です。

確認できている敗戦の相手は、ローマン・ゴンサレス(2012年)、シーサケット・ソールンビサイ(2018年)、ジェシー・ロドリゲス(2024年)の三人で、いずれも世界タイトル戦線での敗戦です。4敗目はキャリア初期の2011年の試合とされますけど、私の手元では一次ソースで相手と状況を完全に確定できていないので、本記事では確認できた3敗に基づいて書いていきます。

注目すべきは、ゴンサレスには再戦と三戦目で2度勝ち、ソールンビサイにも再戦で勝って王座を奪取しているという事実です。負けた相手にやり返せる選手だということは、エストラーダの学習能力の高さを物語っています。

ゴンサレス戦で見せた適応力

エストラーダが世界的に名前を知られるきっかけになったのは、2012年11月のローマン・ゴンサレス戦です。当時のゴンサレスは無敗のまま35連勝を続けていた軽量級最強の一人で、WBA世界ライトフライ級王座を保持していました。

エストラーダはこの試合で判定負けを喫しました。ただ、中身は接戦だった。ゴンサレスの圧力に序盤は押されたんですけど、中盤以降はボディへの左フックを軸にゴンサレスの前進を止め、終盤はむしろエストラーダがペースを握る場面もありました。

この試合が今回の文脈で重要なのは、エストラーダが試合の途中で自分の戦い方を変えて巻き返した、という点です。序盤にうまくいかなかったことを中盤以降に修正できる能力が、デビュー4年目の時点で既に見えていました。

2021年3月にはゴンサレスとの再戦が実現しました。スーパーフライ級のWBC王座をかけての対決です。ESPNによると、この試合では両者合計2529発のパンチが記録されています。115ポンド級としては異常な数字です。ただ、手数の多さだけに目を奪われるべきじゃないんですよね。ボディへのパンチ数はエストラーダ89発に対してゴンサレス31発。エストラーダは序盤にボディへの左フックを集中させ、中盤以降にゴンサレスのガードが下がったところで顔面への右を増やしました。手数の裏に明確な戦術がある。結果はスプリット判定でエストラーダの勝利。2022年12月の三戦目もスプリット判定で勝っています。

ソールンビサイ戦に見る戦い方の柔軟性

2019年4月、エストラーダはシーサケット・ソールンビサイを判定で破り、WBC世界スーパーフライ級王座を獲得しました。ソールンビサイはゴンサレスを2度KOしたことで知られる強打者です。

この試合でのエストラーダの戦い方は、ゴンサレス戦とはまったく違います。ソールンビサイの右フックの射程に入らないよう、常に半歩外に立ちながらジャブでペースを作った。正面から打ち合わず、角度で勝負する。ソールンビサイが踏み込んできた瞬間にわずかに体をずらし、相手のパンチを空振りさせてからカウンターを返す。強打者に対して打ち合いを避けながら判定で勝ちきりました。

ゴンサレス戦では圧力に対して正面からボディで応戦し、ソールンビサイ戦では距離を取って角度で勝負した。相手のタイプに応じて戦い方を変えられるのがエストラーダの最大の強みであり、今回の那須川戦で最も警戒すべき特性やと思います。

エストラーダの技術的特徴

那須川戦との関連が深いものに絞って整理します。以下の記述は、私が過去の試合映像から読み取った分析であり、公式の技術評価ではないです。

一つ目は、距離の使い分け。ジャブの突き方と踏み込みの深さを局面ごとに変えることで、自分にとって有利な距離を作ろうとします。相手が下がれば踏み込んでプレッシャーをかけ、相手が出てくれば半歩引いてカウンターを狙う。この切り替えが速い。

二つ目は、ボディワークの質。エストラーダは意識的にボディを打ちます。しかもタイミングがいい。相手がパンチを打ち終わった直後、腕が戻りきる前にボディへの左フックをねじ込んでくる。1発では効かないんですけど、5回、6回とラウンドが進むにつれて相手の足が止まる。足が止まったところから本番、というのがエストラーダの試合パターンです。

三つ目は、ラウンドが進むほど強くなる傾向。序盤はやや慎重に入り、相手の癖を観察します。中盤から手数を増やし、終盤にペースを完全に握る。12ラウンドの試合を一つの流れとして設計する意識が非常に強い選手ですね。

四つ目は、接近戦での頭の使い方。インファイトでは頭の位置を細かくずらしながらフックとアッパーを打ち分けます。相手のパンチが来そうな角度を予測して、打つ前にわずかに頭を動かしておく。これは先述した那須川のディフェンスとは対照的なんですよね。那須川が「見てからかわす」のに対して、エストラーダは「打たれる前に位置を動かしておく」。この差は接近戦になったときに如実に出ます。

五つ目は、サウスポーへの対応経験。エストラーダはキャリアの中でサウスポーの選手と複数回対戦しており、左構えの選手に対する距離の取り方や、奥の手の左ストレートをどう封じるかについて経験値があります。今回のキャンプでもサウスポーのスパーリングパートナーを複数用意して対策を練ったとWBCが報じています。那須川のサウスポーが初見で驚かせるという展開は期待しにくいでしょうね。

エストラーダの弱点はどこにあるか

ここまでエストラーダの強みを書いてきました。ただ、弱点に触れなければ試合の全体像は見えないです。エストラーダにも明確な綻びがあります。

ロドリゲス戦が暴いたもの

2024年6月、エストラーダはジェシー・ロドリゲスに7回KO負けを喫しました。これがエストラーダにとって最も深刻な敗戦です。

ロドリゲスは当時24歳。スピードとコンビネーションに優れ、パンチの軌道を読みにくい角度から打ってくるタイプです。ESPNによると、エストラーダは7回にロドリゲスの左ボディで倒されました。

この試合で注目しているのは、エストラーダが序盤から後手に回った点です。エストラーダは通常、序盤は慎重に観察し、中盤から仕掛けるという流れで試合を組み立てます。ところがロドリゲス戦では、観察している間にロドリゲスのスピードに押し込まれ、自分の戦い方を確立する前にダメージを蓄積されてしまった。

ただし、ここで注意すべきことがあります。ロドリゲスの強さはスピードだけじゃないんですよね。ロドリゲスはパンチを打つ角度が多彩で、正面からだけでなく、わずかに体をずらした位置から予測しにくい軌道でパンチを飛ばしてくる。エストラーダが序盤に対応できなかったのは、単にスピードが速かったからだけじゃなくて、「どこからパンチが来るかわからない」という角度の問題が重なっていた可能性があります。

なので、「スピードのある若い選手に弱い」とまで一般化するのは行きすぎです。ただ、少なくとも「序盤の観察モードで受けに回っている時間帯に、速くて多彩な攻撃を浴びせられると対応が追いつかないことがある」とは言える。

那須川天心はスピードでは間違いなくエストラーダを上回ります。一方で、ロドリゲスほど多彩な角度からパンチを打てるかというと、現時点ではそこまでの引き出しは見えていない。那須川のスピードがロドリゲス戦と同じようにエストラーダを崩せるかどうかは、スピードだけじゃなくて、攻撃の軌道をどれだけ変えられるかにかかっています。

年齢の問題

エストラーダは試合時点で35歳。3日後に36歳を迎えます。ボクシングにおいてこの年齢帯は、反射速度と回復力の低下が一般的に顕在化し始める時期とされています。

ゴンサレスとの再戦(2021年、30歳)の頃と比べて、ロドリゲス戦(2024年、34歳)ではディフェンスの反応がわずかに遅くなっているように見えます。これは私の映像からの印象であり、数値で裏付けられるものではないです。

ただ、2025年6月のアルセ戦では3度のダウンを奪っています。これはエストラーダの攻撃のタイミングと威力が35歳時点でも健在であることを示す材料です。衰えがあるとすれば、それは攻撃面よりもディフェンスの反応速度、特に速いパンチへの初動の部分に現れやすいんじゃないかと見ています。

いずれにしても、年齢による衰えを過大評価するのも過小評価するのも適切ではないですね。35歳で明確に衰えた選手もいれば、36歳でも世界レベルの動きを維持している選手もいる。エストラーダの状態は、試合が始まらないとわからない。この点は正直、判断を保留しておくしかないと思います。

体格の問題

エストラーダの身長は5フィート4インチ、約163センチ。バンタム級としては特別大きくないです。スーパーフライ級(115ポンド)で長く戦ってきた選手が、バンタム級(118ポンド)に上げて2戦目という状況でもあります。

前戦のアルセ戦では3度のダウンを奪っており、バンタム級でもパンチが通用することは示しました。ただ、アルセはランカークラスの選手であり、那須川のようなスピードとフットワークを持つ相手に同じパンチが通じるかは別の話です。3ポンドの階級差は軽量級では大きい。那須川はバンタム級が本来の体格であり、サイズのアドバンテージがあります。

今回のエストラーダはどういう状態で来ているか

ロドリゲスに7回KO負けを喫したのが2024年6月。それから約1年後の2025年6月、エストラーダはバンタム級に階級を上げてカリム・アルセとの10回戦に臨み、判定勝ちで3度のダウンを奪いました。

今回の那須川戦に向けて、エストラーダは新しいトレーナー陣と組み、メキシコシティの高地でキャンプを張りました。The Ringのインタビューでは、エストラーダ自身がこの試合を「新しい階級で世界王座に戻るための最も重要な一歩」と語っています。WBCの報道によると、那須川がサウスポーであることを踏まえ、左構えのスパーリングパートナーを複数用意して集中的に対策を練ったとのことです。

WBCが伝えた帝拳ジムでの公開練習では、エストラーダの機動力、手数、コンディションの良さが報じられています。ただ、公開練習の評価は割り引いて見る必要がありますね。プロモーション側の報道は試合を盛り上げる方向にバイアスがかかるものなので。35歳で2階級上げてきた選手のコンディションが本当にどうなのかは、試合が始まってみないとわからないです。

この試合の構図

ここまでの情報を重ねると、この試合の構図が見えてきます。

エストラーダは、12ラウンドの時間を使って相手を観察し、中盤以降に修正を加え、終盤に仕上げるという戦い方を得意とする。那須川が井上拓真戦で見せた課題は、まさに「相手が中盤以降に修正してきたときに対応できなかった」という点でした。この二つが噛み合うと、那須川にとって非常に厳しい展開になりえます。

一方で、エストラーダにはロドリゲス戦で露呈した弱点がある。速くて多彩な攻撃に序盤から先手を取られると、観察モードのまま押し込まれる可能性がある。那須川のハンドスピードはエストラーダの経験してきた相手の中でもトップクラスです。

つまり、この試合は「時間」を巡る駆け引きになるわけです。那須川が序盤のスピードで試合を支配する時間をどこまで引き延ばせるか。エストラーダが修正を完了して反撃に転じるまでの時間をどこまで短縮できるか。両者にとって、中盤の数ラウンドが勝負の分かれ目になります。

那須川にとっての鍵

那須川がこの試合に勝つために必要なことを整理します。

第一に、序盤の3〜4ラウンドで明確にポイントを取ること。 ここはエストラーダが最も受動的になる時間帯です。ロドリゲス戦の映像を見ると、エストラーダは序盤に相手のスピードと角度の多彩さに対して反応が遅れる場面がありました。那須川のハンドスピードは、エストラーダの観察モードの隙を突くのに十分な速さがある。ジャブで距離を支配しながら左ストレートを集中させ、序盤に3〜4ラウンドを明確に取れれば、中盤以降にエストラーダがペースを上げてきても採点上のバッファーが生まれます。

ただ、ここで重要なのは、スピードだけに頼らないということです。ロドリゲスがエストラーダを崩したのは、速さに加えてパンチの角度が多彩だったから。那須川が同じ軌道の左ストレートを序盤から繰り返すだけだと、エストラーダは数ラウンドでその軌道を学習してしまいます。左ストレートの打ち方を変える、ジャブからボディに散らす、踏み込みの深さを変えるといった変化を序盤のうちからつけておけば、エストラーダの学習を遅らせることができる。

第二に、エストラーダのボディ攻撃の射程に入らないこと。 エストラーダのボディは、相手がパンチを打ち終わった直後に打ってきます。つまり、那須川が攻撃した後の戻りの動作が最も危険な瞬間になる。踏み込んでパンチを打ったら、すぐに足で距離を取る。攻撃後にその場に留まらない。キックボクシング時代に培った足の速さを攻撃後の離脱に使えるかどうかが重要です。エストラーダのボディが効き始めるのは通常5回以降なので、序盤からこの距離管理を徹底すれば、エストラーダの試合設計を根本から崩せます。

第三に、井上拓真戦で足りなかった「試合中の適応」をやること。 エストラーダは中盤以降、那須川のサウスポーの左ストレートを避けるために、立ち位置や距離の取り方を変えてくるはずです。サウスポー対策のスパーリングを重点的にやったとWBCが報じている以上、何らかの修正プランを持って試合に臨んでくることは間違いない。その動きが始まったら、那須川は右ジャブで相手の動きを止めるか、自分もステップの方向を変えて左ストレートの射線を確保する必要があります。さらに言えば、フットワークを使って自分の立ち位置を変え、エストラーダが想定していない角度から攻撃する。井上拓真戦では、相手の修正に対して動きが直線的になってしまいました。同じことを繰り返さないためには、相手が動きを変えてきた瞬間に自分も動き方を変える、という判断の速さが求められる。これが今回の試合で那須川が最も問われる能力であり、井上拓真戦からの成長を測る最も直接的な指標になりますね。

第四に、接近戦に引きずり込まれないこと。 エストラーダは接近戦での頭の位置の操作がうまく、フックとアッパーの打ち分けが巧みです。那須川が中間距離で戦っている限りはスピードのアドバンテージが活きますけど、ロープ際やコーナーでの接近戦になると、エストラーダの経験が圧倒的に上回る。那須川のディフェンスは「見てからかわす」タイプであり、接近戦ではその反応の時間が短くなります。接近戦になった場合は無理に打ち合わずクリンチで仕切り直す判断も必要でしょうね。

エストラーダにとっての鍵

逆の視点からも見ておきます。

エストラーダが勝つ確率が最も高いシナリオは、序盤の3〜4ラウンドを大きなダメージなく乗り切ることです。那須川のスピードに過剰反応せず、ジャブとボディで距離を作りながら、那須川がどのタイミングで踏み込むか、どの角度から左を打ってくるかの情報を集める。これはエストラーダがキャリアを通じてやってきたことであり、最も得意とする仕事です。

5回以降、集めた情報をもとに立ち位置を修正し、那須川のパンチの軌道をわずかに外しながらボディを打ち始める。那須川の足が止まり始めたら手数を上げて、中盤から終盤にかけて採点を逆転する。

もう一つの勝ちパターンは、那須川を接近戦に引きずり込むこと。那須川が距離を保てなくなった場面でフックとアッパーの連打で圧倒する。那須川のキャリアには12ラウンドの接近戦の経験が少ない。さらに那須川のディフェンスは反射速度に依存する部分が大きいので、接近戦で反応の時間が短くなればその強みが削がれる。この土俵に持ち込めればエストラーダの経験値が効きます。

エストラーダにとっての最大のリスクは、序盤に那須川のスピードで採点を大きく離され、中盤以降に挽回が間に合わない展開です。ロドリゲス戦のように序盤から押し込まれてペースを掴めないまま終わるパターンが、エストラーダにとって最も避けたいシナリオでしょう。ただし那須川がロドリゲスと同等の「角度の多彩さ」を見せられるかどうかは未知数であり、エストラーダが序盤を凌ぐ可能性は十分にあります。

この試合をどう見るか

試合のターニングポイントは、5回から7回の間に来ると見ています。エストラーダが序盤の観察を終えて修正を仕掛け始めるタイミングです。

5回の開始時点で、那須川が採点でリードを築けているかどうか。そしてエストラーダが修正を仕掛けてきた瞬間に、那須川がそれを感知して自分の動きも変えられるかどうか。この二つが、試合の行方を分けます。

これは技術や体力の勝負であると同時に、「学習速度」の勝負でもあるんですよね。エストラーダは相手の癖を学習し、それに応じて自分を修正することで勝ってきた選手。那須川は、井上拓真戦で「相手の修正に対して自分を修正し返す」という作業ができなかった選手。エストラーダの学習速度と、那須川の再適応速度。どちらが速いかが、中盤の数ラウンドで可視化されます。

那須川が序盤のスピードでエストラーダを圧倒し、中盤以降もフットワークと攻撃の変化でエストラーダの修正を上回り続けたなら、それは井上拓真戦の課題を克服したことの証明になります。WBC王者への挑戦権を得るだけでなく、12ラウンドを通じて戦い方を変え続けられる選手に成長したということです。

逆に、序盤は良かったものの中盤以降にエストラーダの修正に対応できず再びポイントを失っていく展開になった場合、それは井上拓真戦と同じ課題が残っているということになる。ただ、その場合でも、エストラーダは技術的にごまかしの少ない選手なので、那須川の何が足りないのかが具体的に浮かび上がるはずです。どちらに転んでも那須川のキャリアにとって無駄にはならない試合ですけど、ここを乗り越えるかどうかで、この先の道が大きく変わります。

もう一つ、視野を広げておくと、この試合の結果はバンタム級のタイトル戦線全体に影響します。勝者はWBC世界バンタム級王者への正式な挑戦権を得る。那須川が勝てば、日本のバンタム級に新しい挑戦者が加わり、エストラーダが勝てば、3階級制覇を狙うベテランがバンタム級の頂点を争う構図になる。いずれにしても、この試合は単なる一戦で終わるものではなく、次の試合への入口です。

序盤の那須川のスピードか、中盤以降のエストラーダの学習か。時間をかけて相手を壊すベテランの戦術に、スピードと若さで先手を取る選手がどこまで抗えるか。そしてその攻防の中で、那須川が「試合中に自分を変えられる選手」になれているかどうか。見どころは、そこに集約されますね。

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【参考サイト】

■ 試合後の追記で参考にしたサイト
・WBC公式「Tenshin Nasukawa Triumphs Over “Gallo” Estrada」
https://wbcboxing.com/en/tenshin-nasukawa-triumphs-over-gallo-estrada/

・Boxing News「那須川天心、エストラーダに9回終了TKO勝ち 再起&WBC挑戦権獲得」
https://boxingnews.jp/fight-result/115604/

・日刊スポーツ「エストラダは左脇腹の肋骨を2本骨折していた、那須川天心『6回のボディーが一番手応えあった』」
https://www.nikkansports.com/battle/news/202604120000401.html

■ 試合前プレビューで参考にしたサイト
・WBC公式「Tenshin Nasukawa vs Juan Francisco Estrada: a generational clash in a final eliminator」
https://wbcboxing.com/en/tenshin-nasukawa-vs-juan-francisco-estrada-a-generational-clash-in-a-final-eliminator/

・WBC公式「Takuma Inoue Conquers WBC Bantamweight Crown」
https://wbcboxing.com/en/takuma-inoue-conquers-wbc-bantamweight-crown/

・WBC公式「“Gallo” Estrada and Nasukawa – a weight off their minds」
https://wbcboxing.com/en/gallo-estrada-and-nasukawa-a-weight-off-their-minds/

・The Ring「Juan Francisco Estrada hopes experience wins the day against Nasukawa」
https://www.ringmagazine.com/news/juan-francisco-estrada-hopes-experience-wins-the-day-against-nasukawa-vqsSwd3DQvSiUCI0ckJjA

・ESPN「Juan Francisco Estrada edges Roman ‘Chocolatito’ Gonzalez to unify junior bantamweight titles」
https://www.espn.com/boxing/story/_/id/31061290/juan-francisco-estrada-edges-roman-chocalatito-gonzalez-thrilling-rematch

・ESPN「Ringside Seat: Why you will enjoy the Juan Francisco Estrada-Roman ‘Chocolatito’ Gonzalez rematch」
https://www.espn.com/boxing/story/_/id/31044635/ringside-seat-why-enjoy-juan-francisco-estrada-roman-chocolatito-gonzalez-rematch

・ESPN「Jesse ‘Bam’ Rodriguez takes Estrada’s title with 7th-round KO」
https://www.espn.com/boxing/story/_/id/40464058/jesse-bam-rodriguez-takes-estrada-title-7th-round-ko

・BoxingScene「Juan Francisco Estrada drops Karim Arce three times, wins in return」
https://www.boxingscene.com/articles/juan-francisco-estrada-drops-karim-arce-three-times-wins-in-return

・BoxRec「Juan Francisco Estrada」
https://boxrec.com/en/proboxer/499089

福山

・Sonos Arc / Sub Gen4 / Symfonisk×2で映画と音楽を満喫中
・Sonos歴7年、Sonos PlaybaseからSonosにハマる
・趣味:映画鑑賞、RIZIN/UFC観戦、テニス観戦
・最高のコンテンツを楽しむためにSonosで環境を整えた人

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