『エイリアン:ロムルス』をApple TVで購入して観ました。
2024年公開、フェデ・アルバレス監督による『エイリアン』シリーズの新作で、時系列的には『エイリアン』と『エイリアン2』のあいだに置かれる一本です。20世紀スタジオ公式では「人生の行き場を失った6人の若者たちが宇宙ステーション”ロムルス”に足を踏み入れるサバイバル・スリラー」として紹介されています。ランタイムは約119分。Apple TVでも再生時間1時間59分と案内されています。
で、結論から言うと、映画としてはけっこう厳しかったです。
怖がらせたい場面そのものは伝わるんですよね。ただ、その手前の段階で人物の判断にいちいち引っかかってしまう。「いや、そんなふうに動くか?」という違和感が先に来てしまって、恐怖に没入する前に白けるほうが勝ってしまいました。これが最後まで尾を引きました。でもこれがエイリアンの映画ですね笑
ただし、Apple TVで購入してAtmos環境で観たこと自体には満足しています。購入理由はDolby Atmos対応だったからです。Dolby Atmosで迫力を感じたかったからです。
自分の視聴環境は Sonos Arc + Sub + SYMFONISK リア2本 という構成で、Apple TV 4KからArcにeARCで接続しています。
この映画は、少なくとも「宇宙ホラーを音で浴びる体験」としては、ちゃんと価値がありました。

ネタバレなし感想|この映画は「音」を目当てに観るならかなり強い
音響設計が良い。しかも「Atmosだから」じゃない
まず良かったのは、音響です。
ただ、ここで「Atmos対応だから音がいい」という話をしたいわけではないんですよね。本作の音が効くのは、もともとの音作りがこのシリーズの文脈をかなり意識して設計されているからです。
サウンドチームはインタビュー(A Sound Effect掲載)の中で、本作を『Alien』と『Aliens』のあいだに自然に置くために、ミックス全体にアナログテープのような揺らぎを加えたと説明しています。さらに、Marshall Time Modulatorという古い機材を使って、あのざらついた機械音や不穏な質感を意図的に作り込んだと。
つまり、あの少し古びた金属の軋み、機械が重く擦れる感触、空間の奥でなにかが蠢くような気配。ああいう音の手触りは、偶然ではなく設計されたものだったわけです。
で、この音作りと Arc + Sub + SYMFONISK リア の構成がかなり相性良かったんですよね。
Arcが前方の情報量をしっかり支えて、Subが低音の圧を加え、リアのSYMFONISKが背後の気配を受け持つ。Sonosの公式が案内しているチャンネル構成どおりの役割分担が、そのまま宇宙ホラーの体感につながっている感じでした。特にこの映画は、正面からドカンと鳴らすだけじゃなくて、前後の落ち着かなさで不安を積み上げていくタイプなので、リア2本がちゃんと仕事をしてくれるのが大きかったです。
前半の「まだ何も起きていない時間」が、いちばん不穏
実際、前半の船内の描写はすごく良かったです。
まだ大きな事態が起きる前の段階から、静かな空間の奥にぽつぽつと小さな異音が差し込んでくる。金属が触れ合うような冷たい響きが遠くで鳴って、気配だけが前後に移っていく。Arcの前方定位がしっかりしているぶん、SYMFONISKから「後ろで何か動いたかも」という音が入ってきたとき、はっきりと背筋がざわつくんですよね。
大音量の見せ場よりも、「まだ何も起きていない時間」の不穏さのほうがずっと効いていました。宇宙ホラーって結局、静寂の中に異常がにじんでくる瞬間がいちばん怖いわけで、そのへんの作り方は本作、かなり上手いです。
Atmosの恩恵がはっきり出るのは中盤以降
Atmosの恩恵をはっきり感じたのは、フェイスハガーが放たれるあたりからと、後半の無重力シーンです。
フェイスハガーのくだりでは、この映画の音の使い方の特徴がよく出ていました。正面から圧をかけるというより、前後左右を落ち着かなくさせる方向に音を配置してくる。「どこから来るのか分からない」時間がずっと続くので、サラウンド環境で聴いていると、ちゃんと身体が緊張するんですよね。
で、後半の無重力シーンは、たぶんこの映画でいちばん「ホームシアターで観た意味がある」場面でした。
無重力で酸の血が空中に漂うという映像が出てくるんですけど、それに合わせて音の重心まで一度ふわっと浮く感覚がある。空間全体が軽くなる。で、そこから重力が戻る瞬間に、Subの低音がぐっと入ってきて空間の圧が一気に締まる。この切り替えはかなり気持ちよかったです。
サウンドチームも、A Sound Effectのインタビューの中でこの無重力の酸の血のシーンは複雑な見せ場だったと説明していて、実際、音の設計にはかなり手間がかかっている場面なんだと思います。
Arcが前方の密度を保ったまま、SYMFONISKのリアが背後のざわつきを残し、Subが衝撃の輪郭を支える。この環境だと、あの場面の「浮く→締まる」の対比が身体にくる。ストーリーには不満があっても、「Atmosで観た意味はあった」と思えたのは、このあたりの体験がしっかりしていたからですね。
映像の質感も悪くない
映像についても触れておくと、荒廃した宇宙ステーションの質感、古びた機械類のディテール、冷たい空間設計は、シリーズらしい手触りをきちんと再現していました。20世紀スタジオの公式でも、若い宇宙植民者たちが廃墟のような宇宙ステーションを探索する中で最も恐ろしい生命体と遭遇する物語として紹介されていますけど、その「廃墟感」はよく作り込まれています。
Apple TVのDolby Vision対応もあって、暗部の情報量がかなりある。照明を落として観ると、暗い通路の奥にうっすら何かが見える瞬間の怖さがちゃんと成立していました。
ここまでは高く評価できる。ただ、映画そのものは別の話
ここまで音響と映像の話ばかりしていますけど、それは裏を返すと、映画そのものについては褒めるところが限られているということでもあります。
本作の弱さは、見せ場の不足ではないんですよね。
脅威のルールや空間の怖さは、むしろよく設計されています。フェイスハガー、酸の血、閉鎖空間、無重力。ホラーの装置としてはどれも強い。
問題は、その装置の中で動く人間に説得力がないことでした。
世界のほうはちゃんと怖いのに、人間だけが脚本の都合に合わせて急に不用意になる。そのズレが、自分にはかなり大きかったです。ネタバレなしで言えるのはここまでですけど、「人物の判断に何度も引っかかる映画だった」というのが、作品への評価の核です。
ここからネタバレあり|白けたのは「危険」ではなく「判断」のほうだった
ここから先は、具体的な展開に触れます。
1. フェイスハガー解放までの流れで、映画への信頼が一度落ちた
最初に引っかかったのは、タイラーとビョルンが燃料を取りにステーション内部へ進み、操作ミスからロックダウンを引き起こして、フェイスハガーを大量に解放してしまう流れです。
設定としては「行き場を失った若者たちの半ば無謀な計画」なので、多少の危うさがあること自体はわかります。この映画の登場人物はベテラン乗組員じゃない。追い詰められて博打に出た若者たちなんですよね。
ただ、この場面が弱く見えるのは、彼らが無謀だからじゃないんです。
無謀さには無謀さの説得力が必要で、そのためには「慎重に確認する段階」をある程度踏んだ上で、それでも状況に押されて踏み込んでしまう、という流れがいる。ところが本作では、そのステップをかなり飛ばしてしまっていて、すぐに操作と移動のフェーズに入ってしまうんですよね。
だから観客としては、「追い詰められて判断が崩れた」という感覚よりも、「ここで事故を起こさないと映画が始まらないから、事故が起きた」という印象のほうが先に来てしまう。
初代『エイリアン』にも、もちろん油断やミスはあります。でもあちらには、未知のものに少しずつ近づいていって、気づいたときにはもう手遅れになっている、というグラデーションがありました。最初はただの調査で、卵を見つけて、フェイスハガーに襲われて、船内に持ち込んでしまう。どの段階でも「この時点ではまだ判断として間違っていない」と思える余地がある。だから観客はぎりぎりで付き合えるわけです。
『ロムルス』はこの助走をかなり短く切っている。結果として、「脚本の段取り」のほうが透けて見えてしまった。ここで一度、映画への信頼が落ちました。
2. ナヴァロの後も、「学習」がドラマとして積み上がらない
次にきつかったのは、ナヴァロがフェイスハガーに寄生され、チェストバスターが出現し、ビョルンが酸の血で死ぬ、という一連の展開を経た後です。
この時点で、映画は脅威のルールをかなりはっきり提示しているんですよね。
- 不用意に近づけば寄生される
- 攻撃すれば酸の血で二次被害が出る
- この施設にあるものは基本的に信用できない
実際、映画の中でもアンディが「酸の血で船体を破ると減圧が起きる」と警告して、レインが無重力にしてから撃つ、という対処を取る場面がある。つまり、「何が危険で、どう対処すべきか」は劇中で一度きちんと共有されるわけです。
にもかかわらず、その後の展開を見ていると、登場人物たちがそのルールを本当に身体で理解しているようには見えない。
ここがこの映画のかなり大きな弱さだと思いました。
失敗そのものは問題じゃないんですよ。ホラー映画で登場人物がミスをするのは当たり前です。問題は、失敗の後に慎重さや学習が積み上がっていくかどうか。初代『エイリアン』だと、仲間が一人やられるたびに残された人間の行動が変わっていく。怯えるやつ、暴走するやつ、冷静に対処しようとするやつ。その変化のグラデーションが恐怖を支えているわけです。
『ロムルス』では、その積み上げが弱い。一度ルールが示された後も、なんとなく同じテンションで次の危機に突っ込んでいく。だから恐怖ではなく、「またそうなるのか」という疲れのほうが前に出てきてしまう。ホラーとしてけっこう損をしている部分やと思います。
3. いちばん冷めたのは、ケイとZ-01のくだり
で、終盤で完全に乗れなくなったのが、ケイがZ-01を自分に使うところでした。
Z-01は劇中で、フェイスハガー由来の強力な液体として扱われています。アンディがケイの傷を癒やすために渡し、最終的にケイ自身がそれを投与する。その結果、人間とゼノモーフのハイブリッドが誕生する、という展開です。
理屈はわかるんですよ。追い詰められて、傷ついて、妊娠もしていて、目の前に「治るかもしれないもの」がある。そこにすがる心理は作れます。
でも、この映画がそこまでに積み上げてきた文脈は、完全に逆だったわけです。
この施設のものは信用できない。ウェイランド・ユタニの研究はことごとくろくでもない結果を生んでいる。エイリアン由来の物質に触れれば事態は悪化する。映画はそれを繰り返し、繰り返し見せてきたわけですよね。
そこまで散々やっておいて、最後にあの注射に踏み切る。
こうなると、人物の必死さよりも「もう一段グロテスクなクライマックスを作りたい」という作り手の意図のほうが前面に出てきてしまう。人物がその行動を選ぶ説得力が足りないまま、映画のほうが先にゴールに向かって走り出してしまった、という感じです。
ここはかなりはっきり冷めました。自分にとっては、この映画でいちばん乗れなかった場面です。
4. それでも、レインとアンディだけは最後まで見られた
ここまで不満ばかり並べましたけど、本作で唯一、ちゃんと感情が動いたのはレインとアンディの関係でした。
レイン、アンディ、タイラー、ケイ、ビョルン、ナヴァロ。6人の若いグループの中で、この二人だけは「どう生き延びるか」以上のものを背負っていた。
特にアンディの再プログラムの描写は面白かったです。同じ見た目、同じ声の存在が、急に「味方とも言い切れないもの」に変わる。あの不気味さは、エイリアンとは別の種類の怖さがありました。信頼していたものが、形を変えずに中身だけ変わる。ホラーとしてはかなり有効な仕掛けだったと思います。
人物描写全体には不満が大きいですけど、この二人の線だけは映画を最後までつないでいたし、ラストの着地もこの二人の関係があるからぎりぎり成立していた。そこは正当に評価したいところです。
総評|この映画の問題は「脅威のルール」ではなく「人間の運用」にある
『エイリアン:ロムルス』の根本的な弱さは、怪物の造形でも、空間の設計でも、音響の質でもないです。
問題は、人間の運用にある。自分にはそう見えました。
この映画は、脅威のルール自体はかなりよくできているんですよね。フェイスハガーの群れ、酸の血の二次被害、閉鎖空間のプレッシャー、無重力の制約。ホラーの装置としてはどれも強いし、音響設計もそれを十分に支えている。だから、AV体験としてはしっかり満足できる。
でも、そのルールの中で人間が動き始めると、説得力が崩れていく。
危険の認識が甘い。失敗からの学習が積み上がらない。最後の選択に、それまでの文脈との整合性がない。つまり本作は、「何が怖いか」はきちんと作れているのに、「その怖さの中で人間がどう追い詰められ、どう壊れていくか」を描き切れていない。自分が最後まで乗れなかった理由は、そこに尽きます。
だから、この映画の評価はちょっとねじれたものになります。
映画としては好きになれなかった。でも、Apple TVで買って、Sonos Arc + Sub + SYMFONISK リア の環境でAtmosを浴びた時間には、はっきり価値がありました。作品への不満と、視聴体験への満足が同時に残る。自分にとっての『エイリアン:ロムルス』は、そういうちょっと珍しい映画でした。
参考サイト
20世紀スタジオ公式(日本)
https://www.20thcenturystudios.jp/movies/alien-romulus
20th Century Studios 公式(海外)
https://www.20thcenturystudios.com/movies/alien-romulus
A Sound Effect
https://www.asoundeffect.com/alien-romulus-film-sound/

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