知人がおすすめしてきた映画「ミッドサマー」(アリ・アスター監督・2019年)をU-NEXTで鑑賞しました。「フォークホラー」(民間伝承や異教的儀式を題材にしたホラー)という特殊なジャンルながら、単なる恐怖を超えた深い感情的余韻を残す作品です。
一度観て「なんじゃこれ?全然意味わからないんですけど!」と衝撃を受けた後、ディレクターズカット版も鑑賞しましたが、謎は深まるばかり。
知人がなぜおすすめしてきたのかが気になりいろいろと調べてみました。この記事にて調査した分析と考察を共有します。※ネタバレ注意
映画ミッドサマーのざっくりポイント
- 大学生が北欧の隔絶された村を訪問
- 異教的カルト共同体の不気味な儀式
- 独特の死生観と共同体意識
- グロテスクな描写と象徴的表現
- 表層と深層が交錯する多層的解釈
普通のホラー映画を期待すると裏切られますが、映画の深層を掘り下げたい方には刺激的な一作です。
詳細なあらすじ(ネタバレあり)
💡映画冒頭のタペストリーには、すでに物語全体の展開と登場人物の運命が暗示されています。注意深く観ると後の展開を予見できる重要な視覚的手がかりとなっています。
物語は心理学専攻の大学生ダニーの悲劇から始まります。双極性障害を患う妹テリーが両親と共に無理心中するという衝撃的な出来事が彼女を襲います。ダニーは深い心の傷を負い、恋人のクリスチャンは彼女を内心では重荷に感じながらも別れを切り出せないまま関係が続いています。
数ヶ月後、クリスチャンは友人のマーク、ジョシュ、そしてスウェーデン人のペレと共に、ペレの故郷であるスウェーデンのヘルシングランド地方にある「ホルガ」と呼ばれるコミューンの夏至祭に参加する計画を立てます。当初ダニーを同行させる予定はありませんでしたが、最終的に彼女も旅行に加わることになります。
一行がホルガに到着すると、白い服をまとった住人たちが陽気に歌い踊り、美しい花々が咲き乱れる楽園のような光景が広がります。しかし平和な表面下には不穏な空気が漂っていました。
到着後間もなく、彼らは村の老夫婦がアッテストゥパンと呼ばれる崖から自ら飛び降りて命を絶つ儀式を目撃します。この儀式は72歳を迎えた村人が自発的に、または共同体の決定によって命を絶つという古代スカンジナビアの風習に基づいています。村人たちはこの衝撃的な出来事を当然のように受け止め、外部者にもその悲しみの共有を促します。
その後も奇妙な食事や儀式が続き、神聖な木に不敬な行為をしたマークと、禁忌を犯したジョシュは相次いで姿を消します。実は彼らは村人によって殺害されていたのです。ペレはダニーをコミュニティに引き込むためにこの計画を立てており、彼女の家族の死も彼が仕組んだ可能性さえ考察されています。
一方、ダニーは村の女性たちに優しく迎え入れられ、次第にコミュニティに溶け込んでいきます。彼女は、花で飾られた美しい衣装を身につけ、村の女性たちと共に踊りの儀式に参加します。その中で、ダニーは驚異的な集中力と持続力を見せ、メイポール祭りの女王に選ばれます。女王に選ばれたダニーには、特別な権利が与えられ、その夜の生贄を選ぶ役割を担うことになります。
クリスチャンは薬を盛られ儀式的な性行為に参加することになり、これを目の当たりにしたダニーは深い裏切りを感じます。彼女は女王としての権限で、生贄のリストにクリスチャンを加えることを決断します。
最終儀式では9人の生贄が捧げられ、動物の皮に包まれたクリスチャンを含む全員が三角形の建物の中で焼かれます。炎に包まれるクリスチャンを前に、ダニーの表情は悲痛から次第に笑顔へと変わっていきます。
深層考察:映画に隠された意味
『ミッドサマー』は単なる猟奇的ホラーではなく、複数の深いテーマを織り込んだ多層的作品です。
主要テーマ分析
喪失と悲嘆の処理
ダニーの家族喪失のトラウマは物語の核心です。ホルガ村は奇異ながらも感情共有というセラピー的機能を持ち、彼女の癒しの場として機能します。死を肯定する文化は彼女の喪失体験を別の文脈で理解する枠組みを提供しています。
依存関係からの解放
ダニーとクリスチャンの関係は不健全な共依存状態です。彼女は精神的に彼に依存し、彼は彼女を重荷に感じながらも別れられない。ホルガ村は新たな依存先であると同時に、個人としての解放の場にもなります。
自己再生と変容
夏至というテーマ自体が再生と変化を象徴します。ダニーの誕生日がこの時期に重なるのも偶然ではなく、彼女の精神的「再生」を表しています。彼女は文字通り新しいアイデンティティを獲得し変容を遂げるのです。
異文化の衝突と受容
外部者と村の文化的衝突は、異質なものへの拒絶と受容の両面を描きます。当初は奇異に映る価値観が次第に理解可能となり、最終的にダニーがそれを内面化する過程が見事に描かれています。
謎解き:キーとなる疑問
なぜダニーは最後に笑ったのか?
この映画の最大の謎は、最終シーンでのダニーの笑顔です。考えられる解釈は:
- 解放と受容 – 長年の孤独から解放され、真の居場所を見つけた喜び
- 精神的変容 – 完全な洗脳または価値観の変化による新たな視点の獲得
- 複雑な感情の爆発 – 悲しみ、怒り、解放感が混ざり合った感情の臨界点
この笑顔は単純な幸福ではなく、複雑な感情が複合した表現であり、観客それぞれの解釈に委ねられています。
ホルガ村の高齢者の自殺儀式の意味
村の「死の決断を肯定する文化」はダニーにとって重要な意味を持ちます。妹の自殺に対する彼女のトラウマが、この村では異常ではなく肯定される価値観であるため、「自分の過去が受け入れられる唯一の場所」として機能します。死を美しい儀式として捉える視点は、現代社会の死生観とは全く異なる認識枠組みを提供します。
ダニーの誕生日の意図とは?
映画の中で描かれるホルガ村の夏至祭の儀式には様々な象徴が含まれています。90年に一度の夏至祭は季節の転換点を象徴し、同時にダニーの人生の転換点も表しています。
特に注目すべきは、ダニーがホルガ村を訪れたのが彼女の誕生日だったという点です。「夏至は本格的な夏の始まり」であり、「ダニーの人生もスウェーデンのホルガ村で本格的に始まる」という象徴性があります。つまり、彼女の精神的な「再生」を表しているのです。
ダニーはなぜ女王になれたのか?
外部者であるダニーが女王になれたのは単なる偶然ではありません。ペレは計画的にダニーを村に招き、彼女を新たなメンバーとして迎え入れる意図がありました。彼女の特別な扱いや、ホルガ村に到着した際にはダニーにだけ「welcome home(おかえりなさい)」という言葉が送られていました(他の人はWelcomeのみ)。これは彼女がこの共同体と何らかの繋がりを持つ可能性を示唆しています。
つまり、ダニーはホルガ村出身の可能性があります。ダニーの両親はホルガ村の人間で、ダニーはホルガ村で生まれたので「welcome home」と考えられます。そして両親はなんらかの事情でホルガ村を出て行くことにしたのかもしれません。
ダニーの両親と妹の死はなんの意味を持つのか?
ダニーがホルガ村出身だとすると、ダニーの両親と妹の死にも他の意味が出てきます。
自殺ではなく、ホルガ村の人たちに殺されたということです。
共同体を大切にするホルガ村の人たちは、共同体から出て行く人を許しません。つまりダニーの両親を許しません。そこでペレのような人を送り込んで、ずっとダニーの両親を捜索していたと考えられます。
それとなぜダニーの妹をホルガ村に呼ばずに殺したのかを考えると、ダニーの妹はホルガ村で生まれたのではなく、ダニーの両親がホルガ村を出ていってから生まれたからでしょう。ダニーの妹はホルガ村という共同体出身ではないため、ダニーが選ばれたのだと考えられます。
また両親と妹がいなくなることで、ダニーがホルガ村から帰る意味が1つなくなります。
共同体の光と影:社会的テーマ
『ミッドサマー』の中心的テーマの一つは「共同体」です。現代社会の孤独に対して、共同体は癒しと所属の場を提供する一方、様々な弊害も抱えています。
共同体の力:孤独の癒し
ダニーがパニック発作を起こした際、村の女性たちは輪になって彼女の苦しみを共有します。この強力な共感の表現こそが彼女の心を開かせた瞬間です。現代社会では失われがちな「苦しみの共有」という機能が、この共同体の最大の魅力と言えるでしょう。
共同体の弊害
しかし、強固な共同体には必然的に弊害が生じます:
高齢者の排除 – 資源の限られた共同体では高齢者の世話が負担となるため、自己犠牲の文化が生まれます。
同調圧力 – 白い衣装に象徴される純粋性や集団の一体感は、個性を抑圧するメカニズムとなります。
目的のための手段の正当化 – 共同体維持のために近親相姦や人身御供などの極端な手段が「伝統」として正当化されます。近親相姦によってホルガ村の純粋な血統を維持させるために意図的に産み落とされた障害児は、なんの偏見も持たず、”曇りのない心”で世界を見ることができるため、村の聖典を記す存在とされていました。
現実認識の操作 – ホルガ村ではやたらとマジックマッシュルームなどの薬物の使用が見られます。薬物使用により共感力を高め、同時に現実を歪めることで批判的思考を抑制します。
まとめ:『ミッドサマー』の本質
『ミッドサマー』は表面的なホラー要素の奥に、「所属への根源的欲求」と「喪失からの再生」という普遍的テーマを秘めた作品です。白昼の恐怖が効果的なのは、私たちが日常で隠そうとする感情や欲求を容赦なく照らし出すからでしょう。
この映画が問いかけるのは:
- 私たちは何に所属し、どこに帰属するのか
- 喪失と悲しみをどう処理するのか
- 個人と共同体のバランスをどう取るのか
これらの問いに対する答えは一つではなく、鑑賞者それぞれの経験や価値観によって異なります。『ミッドサマー』の真の恐怖は、私たちの内面に潜む矛盾した欲望と恐れを映し出す鏡のようであることかもしれません。
作品データ
- タイトル: ミッドサマー (Midsommar)
- 公開年: 2019年
- 上映時間: 147分(劇場版)/ 171分(ディレクターズカット版)
- 製作国: アメリカ合衆国
- 言語: 英語、スウェーデン語
- ジャンル: フォークホラー、心理スリラー、ドラマ
- レイティング: R(17歳未満は保護者同伴)
製作陣
- 監督・脚本: アリ・アスター (Ari Aster)
- 製作: ラース・クヌードセン、パトリク・アンダーソン
- 撮影: パヴェウ・ポゴジェルスキ
- 音楽: ボビー・クリックマン
- 編集: ルシアン・ジョンストン
- 美術: ヘンリク・スヴェンソン
- 衣装: アンドレア・フレッシュ
- 配給: A24(アメリカ)、ファントム・フィルム(日本)
主要キャスト
- フローレンス・ピュー – ダニー・アードォル役(主人公)
- ジャック・レイナー – クリスチャン・ヒューズ役(ダニーの恋人)
- ウィル・ポールター – マーク役(クリスチャンの友人)
- ウィリアム・ジャクソン・ハーパー – ジョシュ役(人類学を専攻する大学院生)
- ヴィルヘルム・ブロムグレン – ペレ役(スウェーデン人留学生)
- ビョルン・アンドレセン – ダン(長老)役
- グネル・フレッド – ソーヴ(女性長老)役
- イザク・ハヴィック – ウルフ役(ホルガの若者)
- ルイーズ・ペトルハーゲン – コンニー役(イギリス人カップルの女性)
- アーチー・マデクウェ – サイモン役(イギリス人カップルの男性)
- エラ・ラッペード – マヤ役(ペレの妹)
- アナ・オストロム – カリン役(メイクイーン)
撮影地
- 主要撮影地: ハンガリー・ブダペスト郊外(スウェーデンを模した撮影セット)
- セット: 映画のために完全に作られた巨大な「ホルガ村」セット
受賞歴・評価
- メタクリティック: 72点/100点
- Rotten Tomatoes: 批評家支持率83%、観客支持率63%
- 主な受賞:
- インディペンデント・スピリット賞 撮影賞
- フロリアナ映画祭 最優秀女優賞(フローレンス・ピュー)
- サンディエゴ映画批評家協会賞 最優秀芸術監督賞
- モリニャーノ・フィルム・フェスティバル グランプリ
興行成績
- 製作費: 約900万ドル(約9億8000万円)
- 世界興行収入: 約4800万ドル(約52億円)
その他の特徴
- アリ・アスター監督の2作目長編映画(1作目は『ヘレディタリー/継承』)
- 明るい日光の下で展開するホラー映画という斬新な演出
- 北欧の民間伝承と古代儀式を現代的に解釈
- 細部まで作り込まれた民族衣装と装飾品
- 映像美と不気味さを融合させた独特の美術
- 民族音楽とモダンな音響効果を融合させたサウンドデザイン
ディレクターズカット版の違い
- 通常版より約24分長い(171分)
- クリスチャンとダニーの関係性をより深く掘り下げるシーン
- 村の儀式や文化についての追加説明
- より詳細な性的シーンと暴力描写
参考文献
- https://note.com/kotairaha/n/necabecd9503a
- https://film-tales.com/midsommer-movie-breakdown/
- https://tokomovie.com/midsommar/ https://note.com/radiobed/n/n52ec1bbf6220
- https://note.com/isaribi_review/n/n1c85ba88b707
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