給料のいい会社に入れば、生活はもっと楽になる。昇進して年収が上がれば、今度こそお金に余裕ができる。
そう思って頑張ってきたのに、いざ給料が増えてみると、なぜか期待したほど楽になっていない。
前よりいい家に住んでいる。車も服も少し立派になった。でも、月末に残るお金は相変わらず心もとない。「もう少し給料が上がればなぁ」と、また同じことを考えている。
買えるものは増えたのに、お金の心配は減っていない。ここに、会社勤めの豊かになりづらさがあると思うのです。
もちろん、額面の昇給分がそのまま手取りになるわけではありません。税金や社会保険料が引かれますし、物価が上がれば、同じ暮らしにも前よりお金がかかります。子育てや介護で必要な支出が増えることもある。これを全部「使いすぎ」で片づけるのは乱暴です。
そのうえで、気になることがあります。
給料が上がるたびに、自分の暮らしの「普通」まで値上がりしていないでしょうか。
収入だけが増えて、欲しいものや周りと比べる基準は昔のまま。私たちは、そんな都合のいい未来を想像しているのかもしれません。
増えた給料が、上がった生活水準の維持費に吸収される。それでは、買えるものは増えても、暮らしの余裕は増えにくい。この記事で考えたいのは、その仕組みと、周りに昇給分の使い道まで決めさせないための工夫です。
年収1000万円になったら、誰と比べるのか

「年収1000万円になれば、さすがに豊かになれるだろう」
サラリーマンにとって、分かりやすい目標だと思います。でも、その金額に届いたとき、今と同じものを見て「これで十分」と思っているでしょうか。
たとえば、給料のいい会社に入ったとします。これまでは高いと思っていたランチに、同僚が普通に通っている。休日の話を聞けば、自分よりいい車に乗り、いいところに住み、旅行にも出かけている。
その人たちの中で毎日過ごしていたら、「自分もこれくらいは」と思っても不思議ではありません。
昇進したときも同じです。「部下もできたし、そろそろ身なりを整えないとな」「この立場で、いつまでもあの車というのもなぁ」。給料が増えたことをきっかけに、今まで困っていなかった持ち物まで買い替える理由ができてしまう。
以前の自分から見れば、十分いい暮らしです。ところが、今の周りと比べると、これくらいは普通に見える。
昔の自分には勝っているのに、今の周りには追いついていない。
比べる相手が変われば、「あとこれくらい稼げたら」という目標も動いていきます。年収の数字だけを追いかけても、お金の心配まで終わるとは限りません。
見栄のコストは、「すごいと思われたい」だけではない
「だったら、周りに合わせなければいいじゃないか」
理屈としては、そのとおりです。でも、毎日顔を合わせる相手からどう思われるかを、そんなに簡単に切り離せるでしょうか。
たとえば、車を買い替える話になったときに、こう言われたら。
「え? その給料をもらっていて、そんな安い車にするの?」
自分では十分だと思っていても、そこで説明するのは面倒くさい。「車にはあまり興味がないので」と答えるだけなのに、ケチだと思われるかな、変わったやつだと思われるかな、と気になってしまう。
その場を丸く収めるなら、周りと同じくらいのものを選ぶほうが楽です。
だから、見栄のための支出を、単に「自慢したい人の無駄遣い」と笑って終わらせる気にはなれません。自分を大きく見せるためだけでなく、小さく見られないために払うお金もあるからです。
それは、周囲から浮かないための「参加費」のようなものだと思います。
いいものを買って喜んでいるようで、実は「これなら何も言われないだろう」と安心している。買ったのは車や服でも、欲しかったのは仲間の中にいて気まずくならないことだったりする。
しかも、この参加費には決まった料金表がありません。周りの暮らしが上がれば、自分が払う金額まで上がっていく。
合わせればお金が残らない。合わせなければ、周りの目が気になる。
ここが、見栄のコストの厄介なところです。「自分の好きにすればいい」と言うだけでは、この居心地の悪さが抜け落ちてしまいます。
贅沢をしたつもりがなくても、昇給分は消えていく
生活水準が上がるとき、毎回「これから贅沢を始めます」と決意するわけではありません。
最初は、昇給祝いに少しいい店へ行く。次は、忙しかったから同じ店へ行く。そのうち、以前よく使っていた店では物足りなくなる。
特別だったものが普通になれば、前と同じ満足を得るためにも、前よりお金がかかるようになります。
家や車なら、その変化が毎月の支払いとして残ります。たとえば、手取りが月3万円増えた一方で、家賃が2万円、車の支払いが1万円増えたとします。ほかの収支が同じなら、月末に残るお金は昇給前と変わりません。

「月1万円くらいなら」と思う支出でも、同じ額の増加が続けば、1年で12万円、5年で60万円です。毎月は小さく見えても、その暮らしを続けるかぎり請求はやってきます。
この場合、昇給に意味がなかったわけではありません。増えたお金で、広さや便利さ、楽しみを買っています。
ただ、欲しかったのが「もう少しお金に余裕のある暮らし」だったなら、その昇給分で買ったものは違います。
家も車も前よりよくなったのに、予定外の出費があると困る。旅行代を出すときには、相変わらず口座残高と相談する。その状態なら、「生活はよくなったけれど、楽にはなっていない」という感覚にも理由があります。
さらに、周りに合わせて選んだものなら、毎月の支払いに見合うほど自分が楽しんでいるかも怪しい。
立派な車を褒めてくれた人は、毎月の引き落としまで一緒に引き受けてくれるわけではありません。周りの評価は買うときに気になるのに、払うときは自分の家計なんですよね。
会社は、あなたを豊かにするために給料を払っているのか
ここで少し視点を変えて、そもそもサラリーマンの給料とは何なのかを考えてみます。
私は社会人になってから、木暮太一さんの『超入門 資本論』を読みました。大学生のときに出会いたかったと歯ぎしりするくらい、目から鱗の情報が詰まっていた本です。
そこで考える手がかりになったのが、「労働力の再生産」という見方でした。食べて、住んで、休んで、翌日も働ける状態を保つ。労働力を維持するには、そのための生活手段が必要になる、という考え方です。
私たちにとって給料は、生活を支え、楽しみにも将来の備えにも使うお金です。一方、会社から見れば、人を雇い、事業を続けるための人件費でもある。
その経費の内容をもうちょっと具体的に見てみましょう。
経費(給料)の内訳
- 明日も元気に働くための食費
- 明日も元気に働くための寝床の費用(住居費)
- 会社で働くための服の費用
- 会社に出勤するための移動費
- ストレスを発散するための費用
- 家族を養うための給料
などですわ。
なんで年齢が上がると給料が増えていくかというと、家族を養ったり、子供を塾に通わせたり、体のメンテナンスにかかるコストが上がるからです。
ここを考えると、「いい会社に入れば、あとは会社が自分を豊かにしてくれる」という考えは、淡い期待であることが分かります。極端に言えば、「年齢に応じて、あなたが明日も明後日も仕事に来れるよう、労働力の再生産をするため」に払われるのが給料なのです。
会社が決める給料と、自分が望む暮らしの値段は、別々に動きます。
それなのに、こちらだけが昇給のたびに「この年収にふさわしい暮らし」へ値上げしていたら、どうなるでしょうか。
給料は増えた。生活を維持するために使うお金も増えた。残る余裕は変わらない。
会社が昇給してくれた分を、今度は自分で生活費に組み込んでしまう。これでは、次の昇給を待っても同じことを繰り返しかねません。
昇給分を暮らしの余裕に変えるために、考えたい3つのこと
私は、高いものを買わずに暮らすことが正しい、と言いたいわけではありません。
車が好きなら、車にお金をかければいい。家で過ごす時間が大切なら、住まいにお金をかける意味もある。人と食事をするのが好きなら、その付き合いに使うお金まで無駄にする必要はありません。
問題は、自分にとって大事なものを選ぶ前に、「この年収なら」「この役職なら」で支出を決めてしまうことです。
同じ給料をもらっていても、家族構成も、好きなことも、備えておきたいことも違います。同僚が払える金額は、自分も払うべき金額ではありません。
1.買い替える理由を、周りの目と分けて考える
何かを買い替えたくなったら、まず次の3つを自分に聞いてみる。
- 今のもので、具体的に何に困っているのか。
- 買い替えることで、自分は何を楽しめるのか。
- 誰にも見られないとしても、同じものを選ぶか。

車なら、通勤に必要なのか。今の車では使いづらいのか。好きな車に乗ること自体が楽しみなのか。それとも、同僚の車の横に止めると気まずいだけなのか。
最後の理由なら、車の性能ではなく、人の目にお金を払おうとしています。その気まずさを避けるために、いくらまで払いたいのか。そこまで考えて決めても遅くないでしょう。
もちろん、付き合いを全部断れば済むわけでもありません。職場の関係も大切です。ただ、一緒に働くことと、同じ価格帯の暮らしをすることまで、いつもセットにする必要があるでしょうか。
2.困っていないものは、昇給前のままにする
昇給したからといって、家も車も服も食事も、全部を一緒に格上げしなくていい。前の暮らしで困っていない部分は、そのままでもいいのです。
食事にはもう少しお金を使いたい。でも、車と服は今ので十分。そうやって、お金をかける場所を自分で選ぶ。
とくに毎月の支払いが増えるものは、いくつも同時に変えず、一つずつ考えたいところです。少し広い部屋へ引っ越したいなら、家賃の差だけでなく、初期費用や通勤費の変化まで含めて、自分にとってその広さに価値があるかを見る。
「払えるから買う」と「欲しいから買う」は、似ているようで違います。給料が上がったことだけが買い替えの理由なら、急がなくても困らないはずです。
3.増えた手取りの行き先を、使う前に決める
昇給額を見るときは、額面だけでなく給与明細の手取りも確認する。そのうえで、増えた分を何に使い、いくら残しておきたいかを考えます。
税金や社会保険料は変わる時期がずれることもあるので、昇給直後の振込額だけで、今後ずっと使える額を決めてしまわないようにしたいところです。
たとえば、手取りが月3万円増えたうち、1万円は楽しみに使い、2万円は別の預金口座へ残すと決める。あくまで一例で、必要な生活費や家族の事情によって配分は変わります。大切なのは、気づいたら全部使っていた、という流れを作らないことです。

口座に残したお金は、新しい車のように人から褒めてもらえるものではありません。でも、そのお金があることで、急な出費のたびに慌てなくて済むなら、それもちゃんと暮らしの改善です。人に見せる機会が少ないだけで。
次の昇給で、何を豊かにしたいのか
給料を上げることは大切です。必要な暮らしを支える収入が足りない問題を、「心の持ち方」で解決するつもりはありません。
でも、増えた収入の使い道を周りに決めてもらっていたら、自分の生活が楽になるとは限らない。年収だけを目標にするのではなく、増えたお金で何を変えたかったのかも考える必要があります。
もっと快適な家に住みたかったのか。趣味を楽しみたかったのか。それとも、月末にお金の心配をしない暮らしが欲しかったのか。
私は、働くことには誰かの役に立ち、喜んでもらえる面があると思っています。だから、いくつになっても自分にできる形で働いていたい。でも、その頑張りで増えたお金が、周りから変に思われないための支払いにばかり消えていくのは、もったいない。
元をたどれば、言いたいのはこれです。
同調圧力に屈せず、自分の頭で考えてお金を使え。
周りと違う選び方をすれば、「変わってるな」と思われることはあるでしょう。それでも、何も言われない暮らしを整えるために、昇給分まで差し出す必要があるのか。
次に給料が上がったとき、何を増やしたいでしょうか。
自分の暮らしの余裕なのか。それとも、「その年収なら当然でしょう」と言われる支払いなのか。
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参考資料
木暮太一『超入門 資本論』日本経済新聞出版社、日経ビジネス人文庫、2017年。本文の読書体験に関する書籍。書誌情報:国立国会図書館サーチ。
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I028303227
カール・マルクス『資本論』第1巻「労働力の購買と販売」。労働力の維持・再生産に必要な生活手段についての議論。英訳公開本文、Chapter Six。
https://www.marxists.org/archive/marx/works/1867-c1/ch06.htm
厚生労働省「確かめよう労働条件」Q&A「賃金制度改革:年功序列vs能力評価 長所短所を教えてください。」職務・能力・成果・年齢等による賃金制度の説明。
https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/qa/roudousya/chingin/q8.html
国税庁「No.2511 税額表の種類と使い方」。給与の源泉徴収と、税額表に用いる社会保険料等控除後の金額について。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2511.htm


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