ブログは終わってると思いながらFable 5に起死回生を聞いたら「起死回生なんてない」と分かった

AI時代に沈みかけるブログの船と水面に残る小さな島を描いたイラスト ブログ運営
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先に言っておく。私は、ブログというメディア自体、もう終わってると思っている。

ショート動画に勝てない。文字を読む一部の人たちには、これからも好まれ続けるだろう。でもその母数は、どんどん目減りしている。

追い打ちがGoogleだ。いま検索すると、一番上にAIの回答が出る。ブログの記事を読みまくって、パクりまくって、その要約を検索結果のてっぺんに置く。書いた人間のところには、もう誰も降りてこない。Google自体がブログ文化を壊そうとしているとしか、私には思えない。

じゃあ、なんでそんなメディアの「起死回生」をAIに聞いたのか。

沈むと分かっている船でも、私はまだ乗っている。だったら聞いておきたかった。この船の中で、最後まで水に浸からない場所はどこなのか。

2026年7月5日現在で最高性能を誇るFable 5、いやFable 5先生(工数Max)に聞いてみた。縛りをきつめにしてぶつけてみた。使えるのはWordPressだけ。SNSでの派手な宣伝はナシ。顔出しもナシ。

結論から言うと、最初の答えはびっくりするほどつまらなかった。でも「つまらない」と突き返して食い下がったら、最終的に分かったのは、ブログに起死回生なんてないということだった。

ただし、そのまま全部沈むわけでもない。最後まで削られにくい場所はある。

そこにたどり着くまでのやり取りを、ほぼそのまま載せていく。

第一声が、びっくりするほどつまらなかった

ノートPCのAI回答を見て物足りなさを感じる人物と机まわりを描いたイラスト

最初の質問に、Fable 5はこう返してきた。

AIに食われるのは「調べれば分かる情報をまとめただけの記事」です。定義、手順、一般論。この領域はもう戻ってきません。逆にAIが書けないのは、一次体験、判断と意見、鮮度と隙間。要するに、情報を売るブログから経験と判断を売るブログへの転換です。

……いや、分かる。分かるんだけど。

一次情報が大事、経験が大事、E-E-A-T。この話、もう何百回読んだ。

「めちゃくちゃ当たり前すぎて、ちょっとびっくりしました。とてもつまらない答えですね」

そう正直に返した。もっと具体的に、あなただったらどうするかを聞きたい、と。そしてお題を投げた。

あなたは読書ブロガーです。どうやってアクセスを伸ばしますか。

「書評の9割を捨てます」で、急に人が変わった

新刊の山から離れて古い本と読後メモに光が当たる場面を描いたイラスト

ここでFable 5のトーンが変わった。

まず書評の9割を捨てます。「話題の新刊を読んで感想を書く」は最悪の戦場です。プロの書評家、出版社、大量のブロガーと競合して、しかもAIが要約もあらすじも書ける。

じゃあ何を狙うのか。「絶版・品切れ・翻訳が古い本」だと言う。

60年代のSF、90年代に一瞬話題になって消えたノンフィクション。この領域はネット上に情報がほぼなく、AIも学習データが薄いから間違ったことしか言えない。来た人は、他に行き場がないので滞在します。

もう一つ刺さったのがこれ。

「読む前に検索する記事」じゃなくて「読んだ後に検索する記事」を書く。結末の解釈、伏線の整理。ミステリやSFの読者は読了直後に必ず検索する。ネタバレを恐れる商業メディアが書けない、個人ブログの独壇場です。

とどめが、挫折の記録を公開しろ、という話だった。

「142ページで挫折した、原因は三部の視点切り替えだ、再挑戦して越えられた方法はこれだ」。これはAIには絶対に書けない一次情報です。

第一声のつまらなさが嘘みたいに、具体的になってきた。

忘れられた本と、読了後の感情。この二つの無人地帯を取れ、と。

「でもぶっちゃけ、読書ブログって厳しいよね?」

読書の娯楽性と機材トラブルなどの切迫した検索を対比したイラスト

ここで意地悪をした。

ここまで戦略を吐かせておいてなんだけど、と前置きして、こう聞いた。

「読書ブログって、そもそもかなり厳しい戦いになるよね。もしジャンルを自由に選べるなら、あなたは何にする?トップ5を教えて」

Fable 5は、自分も読書ブログは厳しいと思いながら答えていた、とまず白状した。その上で並べたのがこれ。

1位は特定機材・特定ソフトの深掘りブログ。2位はマイナー資格の攻略。3位は修理・DIY・メンテナンス記録。4位はローカル×ニッチの掛け算。そして5位が医療・介護・障害の当事者体験。

5位についての言い方が印象に残っている。

ただし自分や家族の経験が前提なので、選べるジャンルというより「経験がある人だけが持てる金脈」です。

そして共通項を、自分でまとめた。

全部「困っている人が切迫して検索するジャンル」です。読書ブログが厳しいのは、読書が困りごとじゃなくて娯楽だから。

困りごとか、娯楽か。

この一言は、けっこう効いた。読書は、娯楽の側なんだ。

「それって、ただ古いものを買って直すだけのブログでは?」

記事ネタのために古い機械や工具が部屋の隅に積まれている場面のイラスト

トップ5で引っかかったのが、1位と3位。古い製品まわりだ。

ここで、素朴な疑問が湧いた。そして、たぶんこの記事でいちばん身も蓋もないことを、私は聞いてしまった。

「古い製品の修理って、ネタが尽きないかな。そんなに古い商品を永遠に直すって、考えづらい。だとすると、あえて古いものをどんどん買っていって、たくさん直していくブログになるのかな。別に自分が気に入って使ってるわけでもないのに、ただただ古いものを集めて、ただただ直していく。そういうブログになるのかな」

想像してみてほしい。

部屋の隅に、直すためだけに買った古い機械が積み上がっていく。愛着はない。思い出もない。あるのは記事ネタだけ。

それは果たしてブログなのか。それとも、ネタのために生活を汚しているだけなのか。

言ってから、我ながらひどい問いだと思った。でもFable 5の答えは、負けず劣らず身も蓋もなかった。

まず、前提を一つ直された。

「古い製品」は固定の在庫じゃなくて、時間が経つほど供給される流れなんです。今年出たものが5年後には修理対象になる。だから永遠に同じものを直す必要はない。自分が通ってきた製品が、順番に古びていくのを書くだけで、理論上は続きます。

なるほど。でも、私が本当に聞きたいのはそこじゃない。

愛着のないものをただ直すブログって、成立するのか。

Fable 5は、あっさり「もう成立している」と言った。

ジャンク修理系はYouTubeでは確立ジャンルです。ハードオフで数百円のジャンクを買って直すこと自体がコンテンツになる。愛着は要らない。「直る過程」と「いくらで買っていくらかかったか」が読み物になるんです。

その上で、道を二つに割ってきた。ここが、今回いちばん腑に落ちた。

道A: 自分が使ってきた製品の老後を看取るブログ。ネタの供給は自分の生活そのもの。記事は少ないが、10年使った人間にしか書けない。

道B: ジャンクを仕入れて直す量産型ブログ。ネタは金で買える。数は稼げるが、1台あたりの経験が浅いから記事も浅い。仕入れ・作業時間・失敗在庫のコストも重い。これはブログというより半分せどり業です。

長く使う製品の記録とジャンク修理量産型の二つの道を対比したイラスト

私が「ただ古いものを買って直すだけ」と言ったのは、道Bのことだった。

でもFable 5が1位・3位で本当に薦めていたのは、道Aだった。

そして道Aの弱点は、まさに私が突いたところだった。自分の持ち物の数が、ネタの上限になる。

だから、と結論が来る。

修理は、長く使っているブログの終盤に自然発生する最強のスポーク記事であって、ハブにする戦略じゃない。

修理「だけ」のブログにしようとすると、私の懸念はそのまま当たる。

でも一つの製品群に長く深く入っていれば、レビュー、活用、トラブル対応、修理、買い替え判断と、製品の一生を丸ごと追える。

そのとき修理は、幹じゃなくて、枝の先に自然と生る果実になる。

まとめ:これは起死回生の話じゃない

エラー検索と読後の考察と長く使った道具を文章ページの周囲に描いたイラスト

たどり着いた答えを、一行で書く。

困っている人が切迫して検索するジャンルで、AIが自分では持てない一次体験を、長く深く積む。

そして古い製品の修理は、そこから最後に生えてくる果実であって、最初から狙う幹じゃない。

愛着もない古物をただ買い集めて直す道Bは、ブログの顔をした、別の商売だ。

ただ、冒頭に書いたとおり、私はこれを「起死回生の方法」だとは受け取っていない。

ブログの読者は、これからも減る。ショート動画には勝てないし、Googleは記事を吸い上げて検索のてっぺんでAIに答えさせる。書き手のところに人が降りてくる回数は、構造的に減り続ける。

Fable 5が出した答えは、その目減りしていく世界の中で、最後まで削られにくい場所はどこか、という話だ。

起死回生じゃない。

いちばんマシな沈み方だ。

切迫した検索と、AIが自分では持てない一次体験。この二つだけは、母数がどれだけ減っても最後まで残る需要だ。

エラーコードで検索する人は、動画を30秒待てない。読み終えた直後の感情の行き場は、要約AIには作れない。10年使った道具の壊れ方は、スペック表には載っていない。

華やかさはゼロ。それでも文字を書き続けるなら、水面から最後まで出ている場所はここだ、という話として、私はこの答えを持ち帰った。

ちなみに、今回いちばんの発見は中身より引き出し方だったかもしれない。

最初の「一次情報が大事」で納得して終わっていたら、この記事は生まれなかった。「つまらない」と突き返して、食い下がって、「それってこういうことでは」と身も蓋もない問いをぶつけるほど、答えは具体的になった。

AIは、正論から入る。

本音は、こっちが掘る。

よくある質問

個人ブログはこれから何を書けばいい?

これから個人ブログを書くなら、「調べれば分かる情報をまとめるだけ」の記事はかなり厳しい。AIが要約しやすく、検索結果上でも代替されやすいからだ。

それでも残りやすいのは、困っている人が切迫して検索するテーマと、自分の一次体験が入ったテーマだ。

たとえば、特定機材のトラブル、古い製品の不具合、マイナーなソフトの使い方、実際に使って分かった買い替え判断、読了後にしか検索しない作品考察など。

大事なのは、一般論ではなく「その人が実際に通った跡」が残っていることだ。

AI時代でもブログにアクセスを集めることはできる?

以前より難しくなる。特に、定義・手順・一般論だけの記事は、AIに要約されやすい。

ただし、全部が消えるわけではない。

エラーが出て困っている人、古い製品の不具合で検索している人、読了後に誰かの解釈を探している人は、まだ文章を読む理由がある。

広く浅くアクセスを集めるブログは厳しくなる。でも、狭く深く困っている人に届く記事は、最後まで残る可能性がある。

修理・DIYブログは初心者でも始められる?

始めることはできる。ただし、修理だけをブログの幹にするのはかなり大変だ。

ジャンク品を買って直す量産型のやり方は、ネタをお金で買える代わりに、仕入れ費用、作業時間、失敗在庫の問題が出てくる。これはブログというより、半分は別の商売に近い。

現実的なのは、自分が長く使っている製品や、すでに詳しい製品群を軸にすることだ。

レビュー、使い方、トラブル対応、修理、買い替え判断まで追っていく。その流れの中で修理記事が生まれるなら、AIが自分では持てない強い一次体験になる。

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