本日も「Gallagher Note」をお読みいただきありがとうございます。
こんにちは、福山です。
為末大さんの「諦める力」という本を読みました。私は陸上競技に全然興味がないので、恥ずかしながら為末選手のことをほとんど知りませんでした。でも、為末さんの引退後の活動にはとても興味があり、こっそりツイッターなどを覗き見してたのです。
発言や行動を見れば見るほど、人間的魅力に溢れてる人だなぁと感じたので、為末さんの本を購入して読みました。私の知らないアスリートの姿が描かれていた本でした。アスリートとして将来頑張ってやろうと思っている学生の人はもちろん、人生の目標のため努力している人は一読を勧めたい内容だったと思います。備忘録的に記事のちょこっと残します。
憧れの罠
ただ、自分の憧れる存在が本当に自分の延長線上にいるかどうかということを、しっかりと見極めるのは非常に大事なことになってくる。自分とはまったく接点のない人に憧れて、自分の短所を埋めているつもりが長所ごと削り取っている人はかなりの数に上ると思う。私はこれを「憧れの罠」と呼んでいる。
この本で一番言いたいことは、「憧れの罠」に惑わされるなってことだと私は思っています。アスリートの世界で食っていける人は本当に一握り。しかも陸上競技なんて日本人が活躍できる場ではありません。
小さい頃学校で一番足が速かったからと言う理由で、陸上競技の道に進むことは悪いことではありませんが、ベストではないかもしれないのです。
小さい頃、私たちには無限の可能性があります。しかし、そこから可能性をどんどん削って行く作業が始まります。言い方を変えればそれが「成長」なのです。
他の可能性を減らしていき、一つの専門性を高めて行くことが人生なのかもしれません。だけど、その一つに絞りすぎるのもよくないですよね。例えば、大学で理系に進む人は、多くの人が研究者を目指します。しかし研究者になれるのはほんの一握りです。多くの人は研究者になることはできず、他の道へ進むことになります。
だけど、一応頭を使って大学まできたのですから、ある程度の知能や技能は担保されるので、研究者になれなくても他の仕事に就くことができます。頭を、研究ではなく他のことに使えばいいですからね。
でも、アスリートはどうでしょう?
人より早く走れる長所を持った人が、現代社会についていけるのでしょうか。足は速いけど、パソコン使えないし、エクセルなんてマジで無理、なんてことであれば相当厳しいですよね。
大学進学者は研究者になれなくても、潰しがききます。でもアスリートは・・・?
難しいですよね。
私が言いたいのは、あくまでも「手段は諦めていいけれども、目的を諦めてはいけない」ということである。言い換えれば、踏ん張ったら勝てる領域を見つけることである。踏ん張って一番になれる可能性のあるところでしか戦わない。負ける戦はしない代わりに、一番になる戦いはやめないということだ。「どうせ私はダメだから」と、勝負をする前から努力することまで放棄するのは、単なる「逃げ」である。
勝てそうなところで勝負するのが大切なんですね。ビジネスで言えば、「ニッチ」を攻める感じです。でもアスリートの世界では・・・途方もない夢に向かっている選手を応援する風潮があるみたいです。
これは私個人の意見ですが、「なんで短距離走やってるんだろ?」と思っちゃいます。陸上競技を真剣にやってる人には申し訳ないですが、勝てるところで勝負したら?とやっぱり思っちゃうんですね。勝てそうにもない相手に挑むのが美徳なんだ!と言われたらそれまでなんですけどね。
もしこれがビジネスの世界で、「今からグーグルを超える検索エンジンを開発する!」っていう人が出て来たら、ちょっと待てって言いたくなりますよね?「君のお金で挑戦するなら一向に構わないよ。え?税金投入しろって?勝てそうにもないところに無駄な税金は払えません。」ってなるのが普通だと思います。
ビジネスの世界とアスリートの世界を一緒にするわけにもいきませんが、なんとなく不思議だなぁと私は思ってしまうんですよね。
アスリートの現実
アスリートのやめ時とセカンドキャリアの問題は、スポーツ界の知られざる問題だ。一般的に、普通の体育会系の人は就職をするときに有利だというイメージがある。体育会というレベルをはるかに超えたプロのアスリートであれば、引退後のキャリアも引く手あまただと思われているかもしれない。しかし、現実はそれほど甘くない。確かに、オリンピックに出場したアスリートであれば、とりあえず就職するところまでは進めるだろう。しかし、オリンピック予備軍で終わるアスリートの現実は厳しい。
これって本当に知っておくべき話ですよね。オリンピック予備軍の人とかってマスコミとかメディアに取り上げられないから、引退後の生活どうなってるんだろう?と気になりますよね。
我が子がアスリートになろうとしているのであれば、親御さんはこの現実を知っておくべきだし、子どもが高校生の頃には真剣に伝えないとね。
アメリカのある大学の経済学部では、入学して一年経過した段階で、多い時には半数に上る学生を進級させないという。たった一年で落とすのはむごすぎないかという意見もあるだろう。私も最初はそう思った。ただ、学生たちの意見は概ね好意的だそうだ。若いうちに「あなたは経済学に向いていない」と言ってもらえることで、医学部に転換したり法学部に転換したりするなど、自分の進む道を早めに修正できる体。30歳くらいになって向いていないと宣告されたら、選択肢はずっと少なくなってしまう。
これが親や教師の役目なのかもしれませんね。昔、予備校の先生が言ってたことがあります。「医学部を目指している生徒を指導していて、その道が無理そうだったら、それを伝えることが私らの役目でもあるんだよね」と。
人から無理だからやめろ、と言われてもすぐには納得できないでしょうが、いかんせん学生にはそれを判断する十分な知識も経験もありません。
伝えづらいことでしょうが、きっぱりと「無理だ」と言ってあげるのが真の優しさなのでしょうね。
人生は努力だけでは成功できないし、夢を追うだけでも成功できない。そもそも「成功って何?」という話になってきますが、それは自分の基準軸を知らないと成功を定めることもできません。じゃあどうしよう?と思う方は、とりあえずこの本を一読してみることをお勧めします。
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