2026年ノーベル物理学賞。南極の氷はなぜ「宇宙を見る目」になったのか

南極の氷床の断面と、遠方の銀河から飛来するニュートリノの反応を光センサーが観測する仕組みを描いたイラスト 科学・歴史・文化
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南極点の厚い氷の中、地表から約1,450〜2,450メートルの深さに、バスケットボールほどのガラス球に収められた光センサーが並んでいます。レンズも鏡もないこの観測装置は、約40億光年先の銀河と関係があると考えられる粒子をとらえ、さらには私たちが暮らす天の川銀河の姿を、光とは違う方法で描き出してきました。

2026年のノーベル物理学賞は、この「IceCube(アイスキューブ)ニュートリノ観測所」を実現し、国際共同研究を率いてきた米ウィスコンシン大学マディソン校の物理学者、フランシス・ハルツェン氏の単独受賞に決まりました。授賞理由は、IceCubeへの決定的な貢献と、天体物理学的な起源を持つ高エネルギーニュートリノの発見です。ニュートリノという粒子そのものを発見したわけではありません。遠い宇宙で生まれた、非常に高いエネルギーを持つニュートリノが地球まで届いていることを、観測によって明らかにしたのです。

しかし、そもそもニュートリノとは何なのでしょうか。そして、宇宙を調べるために、なぜ南極の氷が必要だったのでしょうか。そこには、何十年にもわたる研究者たちの試行錯誤がありました。

毎秒数百億個が体をすり抜ける「幽霊粒子」

太陽から届く大量のニュートリノを点線で表し、人の体や建物、地球をほとんど通り抜ける性質を示したイラスト

ニュートリノは、自然界に存在する基本的な粒子「素粒子」の一つです。電気を帯びておらず、ほかの物質とほとんど反応しないという、不思議な性質を持っています。

太陽の中心で起きている核融合反応からは、膨大な数のニュートリノが絶え間なく生まれています。地球に届くその数は、1平方センチメートルあたり毎秒およそ600億個。親指の爪ほどの面積を、毎秒数百億個ものニュートリノが通り抜けている計算です。それほど大量の粒子が私たちの体を通り抜けているのに、痛みもなければ、何かが触れた感覚もありません。そのほとんどが、人間の体はもちろん、建物の壁や地球そのものまで素通りしてしまうからです。ニュートリノが「幽霊粒子」と呼ばれるのも、この性質によります。

ただし、ニュートリノが物質とまったく反応しないわけではありません。空気や水、氷、岩石などとも、ごくまれに反応します。そして、ニュートリノはエネルギーが高くなるほど、物質と反応する確率が上がります。ちなみに、素粒子などが持つエネルギーは「電子ボルト(eV)」という単位で表され、1兆電子ボルトは1TeVと呼ばれます。

特に、数十兆電子ボルト以上の高いエネルギーを持つニュートリノは、地球の内部を何千キロメートルも進む間に物質と反応し、反対側まで届かないことがあります。エネルギーが高いほど物質と反応しやすくなり、地球の中を進む距離が長いほど、途中で反応する可能性も高くなります。

実際、IceCubeは2017年、地球の内部を長く通過した高エネルギーニュートリノほど到達する数が減ることを利用して、物質と反応する確率を測定する研究成果を発表しています。

つまり、ニュートリノは決して捕まえられない粒子ではありません。ただ、捕まえるのがとてつもなく難しいのです。

光では見えない場所を、ニュートリノで調べる

銀河の周囲で光がガスやちりに遮られ、宇宙線の進路が磁場で曲がる一方、ニュートリノが直進する様子のイラスト

これまで人類は、望遠鏡を使って宇宙を調べてきました。私たちの目に見える光だけでなく、電波や赤外線、X線、ガンマ線など、さまざまな種類の「光(電磁波)」を利用しています。

ところが、光による観測にも限界があります。宇宙空間にあるガスやちりによって、光が吸収されたり散乱されたりするからです。巨大ブラックホールの周辺など、物質が密集している場所では、その奥で何が起きているのかを光だけで調べるのは簡単ではありません。

では、光以外のものを使えないのでしょうか。宇宙には「宇宙線」と呼ばれる、高いエネルギーを持った粒子も飛び交っています。主なものは陽子や原子核です。ただし、こちらにも問題があります。これらの粒子は電気を帯びているため、宇宙空間にある磁場の影響で進行方向が曲がってしまうのです。地球に到着した宇宙線の方向を調べても、出発した場所がその延長線上にあるとは限りません。

宇宙線は1912年に発見されましたが、最も高いエネルギーを持つ宇宙線が、どこで、どのように加速されているのかという謎は、100年以上たった今も完全には解明されていません。

そこで注目されたのがニュートリノです。ニュートリノは電気を帯びていないため、磁場によって進行方向を曲げられません。周囲の物質にも邪魔されにくく、発生源の方向からほぼまっすぐ地球まで届きます。そして、宇宙線が加速される場所では、高エネルギーの粒子が周囲の物質や光と衝突し、ニュートリノも生み出されると考えられています。

つまり、ニュートリノが飛んできた方向を調べれば、宇宙線が生まれる場所を突き止める手がかりになるかもしれないのです。ただ、先ほども説明したとおり、ニュートリノはほとんどの物質を通り抜けてしまいます。その粒子を、いったいどうやって観測するのでしょうか。

ニュートリノを捕まえるには、巨大な観測装置が必要だった

南極の氷の中に広く配置された多数の光センサーが、ニュートリノの反応で生まれた青白い光を観測する様子のイラスト

ニュートリノは、ごくまれに物質の原子核などと反応することがあります。その際、ミューオンや電子といった、電気を帯びた別の粒子が生まれます。これらの粒子が水や氷の中を非常に速く進むと、青白い光が発生することがあります。「チェレンコフ光」と呼ばれる現象です。

ここで大切なのは、ニュートリノ自身が光っているわけではないという点です。ニュートリノが反応して生まれた粒子が光を出し、その光を観測しているのです。多数のセンサーで光が届いた時刻や明るさを測定すれば、元のニュートリノが飛んできた方向やエネルギーを推定できます。

仕組みだけ聞けば、意外と単純に思えるかもしれません。しかし、問題はニュートリノが物質と反応する機会そのものが極端に少ないことです。しかも、研究者たちが捕まえたい、宇宙の遠くから飛んでくる高エネルギーニュートリノの数は非常に少ないのです。

ある程度の数を観測するためには、膨大な量の物質が必要になります。そこで目指されたのが、約1立方キロメートルという巨大な領域を利用する観測装置でした。1立方キロメートルとは、縦・横・高さがそれぞれ1キロメートルの立方体です。体積でいえば、東京ドーム約800杯分に相当します。

こんな巨大な水槽を人工的に造るのは、現実的ではありません。そこで、ハルツェン氏たちが目を向けたのが南極でした。

南極の氷そのものを観測装置にするという発想

自然界に存在する大量の水を利用してニュートリノを観測しようという発想は、1960年代からありました。1970年代以降には、ハワイ沖の深海にセンサーを設置する「DUMAND」という計画も進められました。しかし、深海での作業は難しく、計画は完成に至りませんでした。

そんな中、1988年にハルツェン氏は、物理学者ジョン・ラーンド氏とともに新しい構想を発表します。利用しようと考えたのは、南極点に広がる厚さ約2.8キロメートルの氷床でした。氷は十分に透明であれば、ニュートリノの反応で発生した光を通します。しかも、海水とは違って動きません。センサーを埋め込めば、位置を安定させることができます。

だったら、南極の氷そのものを巨大な観測装置として使えばいいのではないか。この発想が、IceCubeへとつながっていきました。

前身のAMANDAが直面した「気泡」の問題

もっとも、最初からうまくいったわけではありません。1990年代、IceCubeの前身となる「AMANDA」という実験が進められました。

研究者たちは、南極の氷の中に光センサーを設置して観測を試みます。ところが、地下800〜1,000メートル付近では、光が予想以上に散乱してしまいました。原因は、氷の中に閉じ込められていた小さな気泡です。ニュートリノが反応した場所で光が発生しても、気泡にぶつかってあちこちに散らばってしまいます。これでは、センサーに光が届いた時間や方向から、元の粒子がどこから来たのかを正確に調べることが難しくなります。

せっかく巨大な氷があっても、その氷が光を通してくれなければ、観測装置として役に立ちません。ところが、研究者たちはさらに深い場所で、状況が変わることを見つけます。

地下約1,400〜1,500メートルより深い氷では、強い圧力によって気泡が減り、光の散乱が大幅に少なくなっていたのです。そこには、光が遠くまで届く、非常に透明度の高い氷が広がっていました。浅い場所では邪魔になっていた氷が、深い場所では優れた観測環境になっていたわけです。

IceCubeのセンサーが地下約1,450メートルから2,450メートルという深い位置に配置されているのも、こうした研究の積み重ねがあったからです。

熱湯で氷を溶かし、5,160個のセンサーを沈める

IceCubeの建設では、高温の水を使って氷を溶かし、深い縦穴を掘る特殊な装置が利用されました。その穴に、光センサーを取り付けた長いケーブルを下ろしていきます。ただし、南極で建設作業ができるのは、比較的気温が高くなる短い夏の期間に限られます。

2004年から2010年まで、7シーズンにわたって建設が進められ、86本のケーブルが設置されました。それぞれのケーブルには60個の光センサーが取り付けられており、合計すると5,160個になります。2010年末までに設置工事を終え、2011年に完成したIceCubeは、約1立方キロメートルの氷を利用する巨大な観測装置となりました。センサーを下ろした穴は再び凍りつくため、設置した機器をあとから簡単に取り出すことはできません。

観測に利用する氷の質量は、約9億トンにもなります。日本の「スーパーカミオカンデ」が利用する水は約5万トンですから、観測に使う物質の量だけを比べると、およそ2万倍です。ただし、これは観測性能が2万倍という意味ではありません。

スーパーカミオカンデとIceCubeでは、主に調べたいニュートリノのエネルギーも、センサーの配置も異なります。IceCubeは、非常に高いエネルギーのニュートリノを捕まえるために、センサーの間隔を広く取り、観測する領域を大きくした装置です。網の目を細かくする代わりに、網そのものを途方もなく大きくした、と考えるとわかりやすいかもしれません。

膨大な雑音の中から、宇宙の信号を見つける

南極の氷に降り注ぐ大量の背景粒子と、地球や検出器の外側を利用してニュートリノの信号を選び出す仕組みのイラスト

巨大な観測装置が完成しても、問題は残っていました。ニュートリノ以外の粒子も、IceCubeのセンサーを反応させてしまうのです。

宇宙線が地球の大気と衝突すると、ミューオンなどの粒子が大量に生まれます。その一部は南極の氷の奥深くまで入り込み、観測の邪魔になります。スウェーデン王立科学アカデミーの解説によると、南極上空の大気に由来する粒子の信号は、1日に1億件以上も記録されます。研究者たちが探している宇宙由来の高エネルギーニュートリノは、その中のごくわずかです。

膨大な雑音の中から、目的の信号だけを見つけ出さなければなりません。そのためにIceCubeでは、いくつかの工夫が使われています。

地球そのものを巨大なフィルターにする

一つ目は、地球を遮蔽物として利用する方法です。南極の上空から飛び込んでくるミューオンは、観測装置まで届く場合があります。しかし、地球を丸ごと貫通することはできません。一方、ニュートリノは地球の内部を通り抜けることができます。

そのため、南極から見て地平線の下、つまり北半球側から地球を通り抜けてやってきた粒子の信号を調べれば、ニュートリノによる反応を見分けやすくなるのです。地球全体を巨大なフィルターとして利用するわけです。

この方法は、特にミューオンが残す細長い軌跡を使って、ニュートリノの飛来方向を調べる研究で役立ちます。ただし、非常に高いエネルギーのニュートリノは地球内部で反応しやすくなるため、すべてのエネルギーで同じように利用できるわけではありません。

観測装置の外側を見張り役にする

もう一つは、観測装置の外側にあるセンサーを、見張り役として利用する方法です。

外から飛び込んできたミューオンなら、通常は外側のセンサーにも信号を残します。一方、ニュートリノは外側を通り抜け、装置の内部で初めて物質と反応することがあります。その場合、外側のセンサーには目立った反応がないのに、内部で光が発生します。この違いを利用して、研究チームはニュートリノが内部で反応した可能性の高い信号を選び出します。

もちろん、外から入り込んだ粒子を完全に排除できるわけではないため、残った背景事象も統計的に評価しなければなりません。それでも、この方法なら、上向きだけでなくさまざまな方向から届くニュートリノを調べられます。実は、2013年に発表された歴史的な観測成果は、この方法を利用して得られたものでした。

IceCubeがもたらした発見

遠方の活動銀河と天の川銀河の分布図、南極の氷の中にある観測装置を結び、ニュートリノ天文学の成果を表したイラスト

2013年:宇宙から届く高エネルギーニュートリノの証拠

2013年、IceCubeの研究チームは、約2年間の観測データから28件の高エネルギー事象を見つけたと発表しました。これらの事象が観測装置の中に残したエネルギーは、約30兆〜1,200兆電子ボルトという非常に大きなものでした。

太陽から届くニュートリノの大半は100万電子ボルト未満です。一方、IceCubeがとらえた事象では、それをはるかに上回るエネルギーが氷の中に残されました。氷に残されたエネルギーは、元のニュートリノが持っていたエネルギーと必ずしも一致しませんが、観測しているエネルギーの規模が桁違いであることがわかります。

その中には、1,000兆電子ボルトを超えるエネルギーを残した2つの事象もありました。研究者たちは、その2つに「バート」と「アーニー」という愛称を付けています。アメリカの人形劇「セサミストリート」の登場人物にちなんだ名前です。

ただし、28件すべてが宇宙由来のニュートリノだと確認されたわけではありません。大気中で生まれる粒子だけなら、同じ条件で観測される事象は平均して約10.6件と予想されていました。ところが実際には28件が見つかり、そのエネルギーの分布も、大気由来のものだけでは説明できませんでした。

個々の事象がどこから来たのかまではわからなくても、観測結果全体として、宇宙由来の高エネルギーニュートリノが存在することを示す強い証拠が得られたのです。さらに2014年には、3年分のデータから37件の候補事象が報告され、宇宙由来の成分を示す統計的な証拠は一段と強くなりました。

これによって、遠い宇宙から飛んでくる高エネルギーニュートリノを使った天文学が、大きく前進することになりました。

2017〜2018年:約40億光年先の活動銀河との関連を発見

宇宙から高エネルギーニュートリノが届いていることがわかっても、それが具体的にどの天体から来たのかは、まだわかっていませんでした。転機になったのが、2017年9月22日の観測です。

IceCubeは、推定約290兆電子ボルトのエネルギーを持つニュートリノによるものと考えられる信号を検出しました。研究チームは、ニュートリノが飛んできた方向を世界中の天文台に知らせます。すると、その方向には、約40億光年先の活動銀河「TXS 0506+056」がありました。

この天体は、中心に巨大なブラックホールを持ち、そこから噴き出す強力な粒子の流れが、ほぼ地球の方向を向いている銀河です。NASAのフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡などの観測によって、ちょうどその時期に、ガンマ線の放射が活発になっていたことも確認されました。ニュートリノの飛来方向と、活動的になっていた銀河の位置が一致したのです。

研究チームは、ニュートリノと銀河の増光が無関係だと仮定した場合、これほどの一致が偶然に起こる確率を、およそ1,000分の1程度と評価しました。これは、その銀河が発生源ではない確率を直接表しているわけではありません。

さらに過去の観測データを調べると、2014年秋から2015年春にも、同じ方向からニュートリノが通常より多く届いていたことがわかりました。

興味深いのは、この過去の期間には、2017年のような目立ったガンマ線の増光が確認されていなかったことです。ニュートリノとガンマ線が、いつも同じように増えるとは限らないのです。

これらの結果だけで、発生源を完全に確定できたわけではありません。それでも、遠い宇宙から届く高エネルギーニュートリノの発生源として、具体的な天体が有力候補に浮かび上がった重要な成果でした。

2022年:光では調べにくいブラックホール周辺の謎に迫る

2022年には、地球から約4,700万光年離れた活動銀河「NGC 1068」の方向から、ニュートリノが通常より多く届いているという証拠が発表されました。約10年間にわたる観測データを解析した成果です。

この研究が面白いのは、NGC 1068がニュートリノの観測では有力な発生源候補である一方、兆電子ボルト(TeV)級の非常に高いエネルギーのガンマ線では、対応する明確な信号が検出されていないことです。ガンマ線にもさまざまなエネルギーがあり、NGC 1068からガンマ線がまったく観測されていないわけではありません。

では、なぜ非常に高いエネルギーのガンマ線とニュートリノで、これほど違った結果が出るのでしょうか。

有力な説明の一つは、ニュートリノが銀河中心のブラックホールに近い、物質や光が非常に密集した場所で作られているというものです。高エネルギーの粒子が反応すると、ニュートリノとともにガンマ線も生まれる場合があります。しかし、その場所ではガンマ線が周囲の物質や光と反応して吸収される一方、ニュートリノは外へ抜け出せるのではないかと考えられています。

もしこの解釈が正しければ、光だけでは調べにくかったブラックホール周辺の現象に、ニュートリノを使って迫れることになります。

もちろん、これで発生場所や仕組みのすべてが解明されたわけではありません。2026年のノーベル賞の公式科学解説でも、NGC 1068については発生源を確定するには、さらに証拠が必要だと説明されています。それでも、光では得られない情報をニュートリノから引き出せる可能性を示した、重要な研究成果です。

2023年:天の川銀河をニュートリノで観測する

2023年には、私たちが暮らす天の川銀河についても成果が発表されました。研究チームは、10年間にわたる観測データを機械学習の技術も利用して解析し、天の川銀河の円盤が広がる方向から、ニュートリノが届いていることを示しました。銀河の内部を飛び交う宇宙線が星と星の間にあるガスと衝突し、ニュートリノを生み出すという予測に合う結果です。

この成果は「天の川銀河をニュートリノで撮影した」と紹介されることもあります。ただし、普通のカメラで星や銀河を撮影した写真とは違います。多数のニュートリノの観測データを統計的に解析し、どの方向からニュートリノが多く届いているのかを地図として表したものです。

それでも、光とは異なる方法で私たちの銀河の姿を調べられるようになったという点で、天文学にとって大きな前進でした。

小柴昌俊氏・梶田隆章氏の研究とは何が違うのか?

ニュートリノの研究と聞いて、日本の小柴昌俊氏や梶田隆章氏を思い浮かべる人もいるでしょう。どちらもノーベル物理学賞を受賞しています。では、今回の研究は何が違うのでしょうか。

2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏は、岐阜県に設置された「カミオカンデ」を使い、太陽から届くニュートリノなどの観測を進めました。特に有名なのが、1987年に大マゼラン雲で起きた超新星爆発からのニュートリノ観測です。

カミオカンデは、アメリカのIMBなどの観測装置とともに、この超新星爆発に伴うニュートリノをとらえました。太陽以外の天体から飛んできたニュートリノを観測し、ニュートリノを使って宇宙を調べられることを示した、歴史的な成果です。

一方、2015年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章氏は、スーパーカミオカンデでニュートリノの性質に関する重要な発見をしました。「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象です。

ニュートリノには複数の種類がありますが、飛んでいる途中で種類が変わることがあります。この発見によって、ニュートリノには質量があることが示されました。

そして今回のハルツェン氏が率いた研究では、宇宙の激しい現象に伴って生まれる、さらに高いエネルギーのニュートリノが重要な観測対象となりました。

小柴氏たちがニュートリノ天文学の扉を開き、梶田氏たちがニュートリノそのものの性質を明らかにしたとすれば、ハルツェン氏たちは、その観測を遠い活動銀河や宇宙線の加速源へと広げたことになります。

もちろん、それぞれの研究は独立した成果であると同時に、長年にわたる多くの科学者の研究の積み重ねでもあります。IceCubeもハルツェン氏一人で造ったわけではありません。多数の国や研究機関が参加する国際共同研究で、日本からも千葉大学のチームなどが加わっています。

2026年のIceCubeと、これからの研究

2011年に完成したIceCubeは、その後も観測を続けながら改良が進められています。

2026年2月には「IceCube Upgrade」と呼ばれる増設計画について、機器の設置完了が発表されました。もともとの86本のケーブルに加え、中心部の深い氷に新たなケーブル5本が設置され、光センサーや較正装置など600以上の新しい機器が追加されました。ここでいう600以上という数字は、光センサーだけでなく、観測装置の性能を調べるための機器なども含むものです。

2026年10月6日のIceCube公式発表でも、新しい機器を使った最初の科学観測データの取得は、2026年後半になる見込みとされています。増設によって、これまでより低いエネルギーのニュートリノも詳しく調べられるようになると期待されています。また、氷の中を光がどう伝わるのかを精密に調べることで、すでに蓄積された過去の観測データについても、解析精度を高められる可能性があります。

さらに将来の計画として、観測に利用する氷の体積を約8倍に拡大する「IceCube-Gen2」も構想されています。

南極以外でも、ニュートリノを使った観測は発展しています。地中海では「KM3NeT」という海中ニュートリノ観測施設の建設が進められています。この施設では2023年2月13日、非常に高いエネルギーのニュートリノによるものと考えられる事象が観測されました。

2025年に発表された論文では、元のニュートリノのエネルギーは約220ペタ電子ボルト、つまり約22京電子ボルトと推定されています。この値は観測データとモデルから推定されたもので、エネルギーの推定には幅があります。どこから飛んできたニュートリノなのかも、まだわかっていません。

南極の氷と地中海の海水では、観測しやすい空の方向が異なります。そのため、これらの観測施設が互いに補い合うことで、宇宙のニュートリノをさらに詳しく調べられるようになると期待されています。

そして現在は、光や電波などの電磁波だけでなく、重力波やニュートリノなど、異なる種類の情報を組み合わせて宇宙を調べる研究も進んでいます。「マルチメッセンジャー天文学」と呼ばれる分野です。一つの観測方法だけではわからなかった現象も、複数の手がかりを組み合わせれば、少しずつその姿が見えてくるかもしれません。

まとめ

2026年のノーベル物理学賞で評価されたのは、ニュートリノという粒子そのものの発見ではありません。遠い宇宙で生まれた高エネルギーニュートリノを観測するために、南極の氷を利用した巨大な観測施設を実現し、実際に宇宙から届くニュートリノの存在を明らかにしたことです。

ニュートリノは、ほとんどの物質を通り抜けてしまいます。だからこそ、ごくまれに起きる反応を見つけるために、膨大な量の氷が必要でした。研究者たちは、最初の実験で気泡による光の散乱という問題に直面しましたが、より深い透明な氷に活路を見いだしました。

さらに地球そのものをフィルターとして利用したり、観測装置の外側を見張り役にしたりして、膨大な雑音の中から宇宙の信号を選び出す工夫を重ねました。その結果、遠い宇宙から届く高エネルギーニュートリノの観測が実現し、活動銀河や天の川銀河で起きている現象を、新しい方法で調べられるようになったのです。

宇宙線がどこで生まれ、どのように加速されるのかという100年以上続く謎は、まだ完全には解けていません。それでも、宇宙を調べるための新しい手段が生まれたことは確かです。

望遠鏡を宇宙へ向けるだけでなく、地球の氷の中に観測装置を造る。そんな発想が、遠い宇宙の謎に迫る研究につながりました。南極の氷は、今も宇宙から届く目に見えない粒子を静かに待ち受けています。

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参考資料

資料確認日:2026年10月9日。公式発表・公式解説および研究機関の公開資料を中心に確認。論文については書誌情報、要旨、確認可能な本文や関連資料を参照しています。

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