Fable 5が、前言を撤回した。
きっかけは私のひと言だった。賃金構造って逆転するのか、と。超トップのホワイトカラーの仕事にめちゃくちゃ価値が生まれて、多くの人はそこの立場を守れずに身体を使う仕事に降りていく。そこに人がたくさん行くんだから、というより行かざるを得ないんだから、結局その仕事の賃金は下がるのでは、と。
そうしたらFable 5、こう返してきた。
正直に言うと、あなたの論理の方が経済学の標準的な予測に近いです。私が前のターンで言った「賃金逆転」は希少性だけを見た議論で、供給側を軽視していました。
自分で「賃金は逆転するかもしれない」と言った数十秒後に、人間に詰められて引っ込める。AIが自分の楽観論を撤回する瞬間って、なかなか正直な絵だ。
この一往復が面白かったので、最初から順番に書いておく。軽い雑談のつもりだったのが、こうなった。
発端は、職場のぬるさへの違和感だった

職場がどんどんホワイト化している。残業はほとんどないし、何なら残業しようとすると「早く帰れ」と上司に言われるらしい。
喜ばしいことだと思う。思うんだけど、同時にすごくぬるい生き方になってきているとも思う。この違和感を、しばらく手放せずにいた。
で、2026年7月5日現在で最高性能を誇るFable 5、いやFable 5先生(工数Max)に聞いてみた。ホワイト化とAIによる仕事の駆逐って、同じことの裏表なんじゃないか、と。AIが力を伸ばすなら、簡単なホワイトカラーの仕事は駆逐される。だとしたら、ホワイトな職場はホワイトなままでいられるのか。
答えは、身も蓋もなかった。
「ホワイト化」と「AIによる仕事の駆逐」は、別々の現象じゃなくて同じコインの裏表かもしれません。残業が減ったのは、同時に「長時間働くこと自体に価値がある仕事」が減ってきたことの表れでもあります。
時間を投入すれば成果が出る定型業務は、もう圧縮されつつある。だから残業する必要がない、とも読める。
ぬるくいられるホワイトな職場ほど、AIが一番得意な領域の上に建っているから足場が危ない。雑談のつもりが、いきなり床を抜かれた。
「知的労働につける人、いなくなるんじゃない?」

そこで一番暗い予想をぶつけた。大失業時代が来るんじゃないか。AIの進化を見ていると、知的労働につける人なんてほとんどいなくなるんじゃないか、と。
Fable 5は、ここで急に慎重になった。技術失業の予言は何度も外れてきた。ATMが銀行員を消すと言われたのに、実際には銀行員の仕事はすぐには消えなかった、という話もある。ただ、と続けたところが効いた。
過去の技術が「筋肉の代替」だったのに対し、AIは「頭脳の代替」だからです。人間が機械より優位に立てる最後の砦が知的労働だったのに、そこが攻められている。
この言い方は、かなり強い。
ただ、あとから考えると「AIは頭脳の代替」と言い切るのは、少し大きい。正確には、人間の認知作業の一部まで食い始めている、くらいに見た方がいいのだと思う。
実際、OECDもAIの雇用への影響について、現時点では大きな雇用減少の証拠は限られる一方で、賃金や雇用、格差への影響には注意が必要だと整理している。つまり「AIにさらされる仕事が多い」ことと、「すぐに大量失業が起きる」ことは別だ。
とはいえ、逃げ場の構造が過去と違う感じはある。人間が機械より優位だと思っていた知的労働の側まで、AIが普通に入ってきた。そこが怖い。
Fable 5の結論は、「大失業」より「大転職時代」だった。
「大転職時代って、本当?」

引っかかった。大転職時代っていうけど、本当か。そんなにみんな、転職したいだろうか。
食い下がったら、Fable 5はあっさり言葉を選び直した。
「みんなが転職したがる」ではなく「転職せざるを得ない人が増える」という話です。この二つは全然違いますね。
日本人の大半は転職なんてしたくないはずだ。だからこれは希望の話じゃなくて圧力の話だ、と。
しかも日本はメンバーシップ型雇用だから、職種が消えても会社が消えなければ社内で別の仕事に回される。アメリカなら解雇される場面で、日本では異動になる。だから失業率は上がらないのに、望んだ仕事ができない人が静かに増える。
経理をやりたかった人が営業に回される。企画をやりたかった人が現場管理に回される。文章を書きたかった人が、AIの出力チェック係になる。
転職の自由が増えるんじゃない。留まる自由が減るんだ。
この言い換えは、妙に刺さった。数字に出ない不幸って、いちばんタチが悪い。
「じゃあ、みんな介護に回されるよね」

自分の予想を重ねた。そうなると、ほとんどの人が介護職に回されそうだよね。誰だってやりたくないけれど、AIにはまだできない仕事だから。
ここはFable 5、半分だけ乗った。
介護の賃金は、普通の商品みたいに需要と供給だけでスルスル決まるわけではない。介護報酬や処遇改善加算のような制度の影響が大きい。需要がどれだけあっても、すぐに賃金が跳ね上がる構造ではない。
実際、厚生労働省は介護職員の必要数について、2022年度の約215万人に対して、2026年度には約240万人、2040年度には約272万人が必要になると公表している。つまり、現時点の方向としては「人が余って介護に押し寄せる」より、まず「介護の人手が足りない」という問題の方が前にある。
さらに、介護職員の処遇改善についても、国は令和6年度に2.5%、令和7年度に2.0%のベースアップへつながるよう、処遇改善加算の一本化などを進めている。これも、介護賃金が完全な市場原理だけで決まっているわけではないことの表れだと思う。
だから、ここは単純に「AIに押し出された人が介護に流れ込むから、介護賃金が下がる」とは言い切れない。資格、適性、身体負担、離職率、地域差、制度設計。壁が多い。
それでも、Fable 5が言った大きな方向性はわかる。AIにできない仕事は介護だけじゃない。建設、物流の末端、設備メンテナンス、調理、保育、看護。共通点は身体性だ。
AIは言葉の世界では驚異的ですが、ロボティクスの進歩はずっと遅い。おむつ交換や入浴介助のような、狭い空間で予測不能な人体を相手にする作業は、技術的には最難関の部類です。
頭脳労働が先に自動化されて、身体労働が最後に残る。この逆転が起きつつある。
少し前なら笑い話だった順番だ。ホワイトカラーの私が真っ先に危なくて、現場仕事が生き延びる。そう考えると、あまり笑えない。
そして、Fable 5が自分の説を引っ込めた

ここでFable 5が、余計なことを言った。
身体労働の希少性が上がれば、長期的には賃金が逆転するかもしれない。「大卒でオフィス勤め」が上で「手を動かす仕事」が下、という戦後ずっとの序列が崩れる。介護が「押し付けられる仕事」から「AIに奪われない安定職」に変わる可能性もゼロじゃない、とまで言った。
これは違うと思った。
だから、冒頭のあの反論をぶつけた。希少だから上がるって、人が入ってこない前提でしょう、と。押し出された人がなだれ込んだら、供給過剰で逆に下がるはずだ、と。
そこでFable 5は、素直に折れた。私の論理の方が経済学の標準に近い、賃金逆転は希少性しか見ていない議論だった、と。
希少なのはスキルじゃなく椅子の方だ、という残酷な話です。
この一言はよかった。
中間層の仕事が消え、上位に少数が昇り、大多数が下位に降りる。いわゆる労働の二極化というやつだ。AutorとDornの2013年の研究では、1980年から2005年にかけて、低スキルサービス職の増加と、米国の雇用・賃金の二極化が同時に進んだことが分析されている。背景にあるのは、ルーティン化できる仕事の自動化コストが下がったことだ。
ただし、ここでも雑に言い切るのは危ない。AI時代にも同じことがそのまま起きるとは限らない。政策も違うし、産業構造も違うし、介護や看護のように資格や制度で入口が決まる仕事もある。
それでも、「技術が進めば、全員が豊かになる」とは限らない。その歴史的な例として、エンゲルスの休止はかなり嫌な響きを持っている。
経済史家ロバート・アレンの2009年論文では、19世紀前半のイギリスで、労働者一人あたりの産出が伸びた一方、実質賃金は停滞したと説明されている。経済は伸びた。でも、その果実がすぐ労働者に降りてきたわけではなかった。
一問一答のつもりが、詰めたらAIが前言を撤回した。
楽観を言い、反論され、引っ込める。むしろこの態度は信用できる。少なくとも、自分の言ったことに責任を取らずに言い張るよりずっといい。
用語だけ、ざっと
Fable 5がしれっと使った言葉を、私なりに噛み砕いておく。
メンバーシップ型雇用は、職務じゃなく「会社の一員であること」を軸にした日本的な雇い方。職種が消えても、社内の別の椅子に移される。クビにならない代わりに、好きな仕事を続けられる保証もない。優しい檻、という感じがする。
労働の二極化は、真ん中のスキルの仕事が薄くなって、上と下に割れていく現象。今回の話だと、消えるかもしれないのは中堅ホワイトカラーで、ひと握りが上に、残りが下に振り分けられるかもしれない。私が立っているのは、たぶんその真ん中だ。
エンゲルスの休止は、経済全体は伸びたのに、労働者の賃金が長く伸び悩んだ時期のこと。要は「成長の果実が下まで降りてこない時間」だ。今と重ねると、少し笑えない。
対話を終えて考えた。「体が強いのが良い」に戻るのか
ここから先は、Fable 5との対話を閉じたあとで、一人で考えたことだ。
この話を突き詰めると、結局こうなるんじゃないか。一部の超インテリなAI使いこなし勢以外は、「体が強いのが良い!」みたいな価値観に戻る。昔みたいに。
ただ、戻り先が本当に「昔」と同じかは怪しい。
昔の「体が強い」は、体力そのものが価値だった。力持ちが多く耕せて、多く運べて、だから偉い。でも今回戻ってくる身体性は、質が違う。
介護でも設備メンテでも、価値があるのは筋力だけじゃない。予測不能な状況にその場で対応する器用さと判断の方だ。機械に最後まで奪えないのは力こぶではない。現場の即興性だ。
だから戻るとしても、「体が強い人」の時代ではなく、「体を使いながら、その場で頭を働かせられる人」の時代だと思う。腕っぷしの復権ではない。
もっと嫌な可能性もある。価値観だけが先に戻るパターンだ。
賃金は上がらないのに、「これからは手に職」「体が資本」という言説だけが流行る。実利が伴わないのに精神論だけ復古する。これがいちばんありそうで、いちばんタチが悪い気がしている。
PC、スマホ、そしてAI。差が出るのは操作ではなく問いだ

もうひとつ、考えたことがある。道具の歴史の話だ。
パソコンを使いこなせる人は、少なかった。スマホが出て、使える人は一気に増えた。でも、あれは本当に「使いこなす人」が増えたんだろうか。
増えたのは、むしろ消費だったと思う。同じスマホを触っていても、作る側と眺める側がきれいに分かれた。
AIも同じことになりそうな気がする。
一見、逆に思える。AIは史上いちばん入り口が低い道具だ。喋れば返ってくる。スマホより簡単で、それこそ誰でも触れる。
なのに使いこなす側が細るのは、ハードルが「操作」から「問い」に移ったからだ。
パソコンは操作を覚えれば一定の仕事ができた。手順が決まっていたから、努力が届いた。AIは違う。何を聞くか。返ってきたものを信じるか疑うか。どこに突っ込むか。問いを立てる力が、そのまま出力の差になる。
現に、この記事の元になった対話がそうだった。Fable 5の「賃金逆転」をそのまま信じていたら、この記事は間違った結論を載せていた。突っ込んだから、撤回が引き出せた。
AIを使うとは、たぶんこういうことだ。
そして、消費するだけの使い方をすれば、AIは気持ちよく肯定してくれる相手になる。ショート動画が時間を溶かすのと同じ形で、AIは「考えるための道具」ではなく「考えなくていいための道具」として消費されうる。
多数派になるのは、たぶん後者だ。
こう並べると、話が一本につながる。
二極化の断層線は、学歴でも職種でもなく、「AIに問いを立てられるか」で引かれるのかもしれない。一段目で、使いこなせるひと握りと、消費するだけの大多数に割れる。二段目で、割れた大多数がAIに残された仕事へ押し出される。
もちろん、全員が介護に行くわけではない。そんな単純な話ではない。介護には資格も適性も負担もあるし、そもそも人手不足が続いている。
でも、「AIに奪われにくい仕事」に人間が押し出される圧力は、たぶん出てくる。そして、その仕事が自動的に高賃金になるとは限らない。
ホワイトな職場の話から始まった雑談は、ここまで来てしまった。
参考リンク
厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41379.html
閲覧日:2026年7月6日
厚生労働省「介護職員等処遇改善加算等」リーフレット
https://www.mhlw.go.jp/shogu-kaizen/download/A1_leaflet.pdf
閲覧日:2026年7月6日
OECD Employment Outlook 2023 “Artificial intelligence and jobs: No signs of slowing labour demand yet”
https://www.oecd.org/en/publications/oecd-employment-outlook-2023_08785bba-en/full-report/artificial-intelligence-and-jobs-no-signs-of-slowing-labour-demand-yet_5aebe670.html
閲覧日:2026年7月6日
David H. Autor and David Dorn “The Growth of Low-Skill Service Jobs and the Polarization of the US Labor Market”
https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257%2Faer.103.5.1553
閲覧日:2026年7月6日
Robert C. Allen “Engels’ pause: Technical change, capital accumulation, and inequality in the British industrial revolution”
https://ideas.repec.org/a/eee/exehis/v46y2009i4p418-435.html
閲覧日:2026年7月6日
James Bessen “Toil and Technology”
https://www.bu.edu/law/files/2015/11/NewTech-2.pdf
閲覧日:2026年7月6日


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