机に手を置いて、少し力を込めてみてください。手はそこで止まり、机の中へ沈んでいくことはありません。
ところが、物質をつくる原子は「中がほとんど空間で、スカスカだ」といわれます。手も机も原子でできているなら、互いの隙間を通り抜けてもよさそうです。それほど空間が多いのに、どうしてこんなに頑丈なのでしょうか。
手が止まるのは、手に働く下向きの力と、机から受ける上向きの力が釣り合うからです。 原子どうしを近づけすぎると、電子の状態が変わり、全体のエネルギーが急に増します。そのため、さらに押し縮めるには大きな力が必要になります。手や机は少し変形しながら、その力を受け止めています。
では、原子核の周りには広い空間があるのに、なぜ押し返す力が生まれるのでしょうか。その鍵を握るのが、電子や原子核の間に働く電気的な作用と、電子が従う量子力学のルールです。
原子の「ほとんどが空間」は、どういう意味?

原子の中心には、プラスの電気を持つ原子核があります。その周囲には、マイナスの電気を持つ電子があります。
原子核は原子全体に比べて非常に小さく、そこに質量の大半が集まっています。「原子の中はほとんど空間」という説明は、まずこの大きさの違いに注目したものです。
ここで、周囲にいる電子にも目を向けてみましょう。電子のような小さなものの振る舞いを扱う「量子力学」では、電子がどこで見つかるかを、空間に広がった確率の分布で表します。
この確率の分布を雲のように描いたものが「電子雲」です。どこで電子が見つかりやすいかを表すための描き方であって、電子が霧状の物質になったり、硬い膜をつくったりするという意味ではありません。雲にはっきりした表面があるわけでもありません。
小さな電子のボールが決まった道を走っている絵とは違います。そのため、ボールにぶつからない道を探せば通り抜けられる、とは考えられないのです。
大切なのは、電子がどのように広がり、ほかの原子の電子や原子核とどう影響し合うかです。原子核が小さいからといって、その周りに別の原子が入れるとは限らないのです。
原子の間では、電気による引力も反発も働く

マイナスの電気を持つ電子同士は反発します。一方、手にも机にも、プラスの電気を持つ原子核があります。原子が近づくときは、次の作用を合わせて考えます。
- 電子同士は反発する。
- 原子核同士も反発する。
- 電子と原子核の間には引力が働く。
「電子同士が反発するから」という説明は、このうちの大切な一部分を取り出したものです。
こうした力は、粒同士が直接ぶつからなくても働きます。離れていても互いに力を及ぼすのです。
「手も机も普段は電気を帯びていないのでは?」と思うかもしれません。
プラスやマイナスの電気を「電荷」といいます。全体としてプラスとマイナスが釣り合っていても、それぞれの電荷が消えるわけではありません。原子の大きさほどの距離では、どの電荷がどこにあり、相手にどれだけ近いかによって、引力も反発も働きます。
この電気的な作用は、原子を結びつけ、物質の形を保つことにも関わっています。もし反発しかなければ、そもそも机をつくる原子がまとまっていられません。
では、原子がまとまりながらも、際限なく押しつぶされないのはなぜでしょうか。ここで、電子が従う量子力学のルールが効いてきます。
パウリの排他原理:電子は同じ状態に入れない

その一つが「パウリの排他原理」です。電子は、二つが同じ量子状態を占めることができません。
量子状態とは、空間での電子の広がり方や、「スピン」という電子固有の性質などを含めて指定する状態です。単に「今いる場所」を意味する言葉ではありません。
たとえば原子では、電子の広がり方を表す同じ「軌道」に、スピンの向きが異なる二つの電子が入れます。ここでいう軌道も、ボールが走る道ではありません。空間的な分布が重なっていても、スピンまで含めれば異なる量子状態なので、排他原理に反しないのです。
区別したいのは、「同じ場所」と「同じ量子状態」です。 空間的な広がりが重なっていても、量子状態が異なれば排他原理に反しません。実際、原子が結びつくときにも、電子の広がりは重なります。
重要なのは、多くの電子を集めても、みんなを同じ低いエネルギーの状態へ詰め込めないことです。原子を近づけすぎたときには、電子は排他原理を満たすように状態を変える必要があり、それが全体のエネルギーを高くする要因になります。
排他原理は、電気の力に加えて働く別の基本的な力ではなく、電子が取り得る状態を制限するルールです。
とはいえ、「電子が同じ状態に入れないこと」と「机が手を押し返すこと」は、まだ結びつきにくいかもしれません。そこで、最初の「机を押す」場面に戻って考えてみましょう。
机を押すと、原子の世界では何が起きるの?
手を机に押しつけると、互いの表面が近づき、その付近にある原子や電子の状態が変わります。
固体をつくる原子や分子は、互いにある程度の距離を保って落ち着いています。そこから無理に押し縮めようとすると、電子の分布や取り得る状態を変えなければならず、全体のエネルギーが高くなります。
このときの全体のエネルギーには、電気的な作用によるものだけでなく、電子の運動エネルギーも含まれます。電子を狭い範囲へ閉じ込めようとすると、量子力学の性質により、運動エネルギーの最低限の値が高くなります。多数の電子では、さらに排他原理によって、全員が同じ低いエネルギーの状態に入ることはできません。
電気的な作用によるエネルギーと電子の運動エネルギー、そして取り得る状態を制限する排他原理。これらを合わせて、全体のエネルギーを考えます。排他原理を、別の力として足し算するわけではありません。
「エネルギーが高くなる」と聞くと少し抽象的ですが、押す側の視点から考えてみましょう。原子をさらに近づけるには、力を加えて押し進め、エネルギーを与える必要があります。これが物理でいう「仕事」です。同じ短い距離を押し込むのに必要なエネルギーが多いほど、大きな力が必要になります。原子を近づけすぎるとエネルギーが急に増すため、強い抵抗が生じるのです。
ここまでの説明を、机に手を押しつけるときの流れに沿って整理してみましょう。
- 表面の原子や電子の状態が変わる。 手と机の表面が近づき、そこからさらに押し縮めることへの抵抗が生じます。
- 周囲へ力が伝わり、手や机が少し変形する。 表面で起きた変化は、結びついている周囲の原子にも伝わります。
- 押す力と押し返す力が釣り合う。 普段の押し方なら、少し変形したところで手は静止して支えられます。

原子核どうしが正面衝突するほど近づくのを待つ必要はありません。核の間に空間があっても、表面の原子や分子を近づけすぎれば、さらに押し込むのに必要なエネルギーが大きくなります。手が止まるのは電子雲の硬い境界に当たるからではなく、変形に伴って生じる押し返す力が、押し下げる力と釣り合うからです。
もっと強く押せば、いつか通り抜ける?
十分に大きな力をかければ、物体はへこんだり、割れたりします。そのときは原子の並びが変わり、力が大きければ結びつきが切れて構造が壊れることもあります。手と机が元の形を保ったまま、お互いの中をすり抜けるのとは違います。
小さな粒子の世界には、古典的には越えられないエネルギーの障壁を通過する「トンネル効果」もあります。ただし、通過のしやすさは障壁の厚さなどに強く左右されます。その現象があることから、膨大な粒子でできた手全体が、形を保って机を抜けられるとはいえません。
日常の条件で机を押したときに起きるのは、原子の隙間探しではなく、力の釣り合いや変形、限界を超えた場合の破壊です。
「空間が多い」と「通り抜けられる」は別の話
原子の中で原子核が占める部分は、ごくわずかです。それでも、周囲に広がる電子と原子核の電気的な作用、そして電子が従う量子力学のルールによって、物質を無理に重ね合わせるには大きなエネルギーが必要になります。
机の硬さや手応えを考えるうえで大切なのは、中身が隙間なく詰まっているかどうかよりも、押し込もうとしたときにどれだけ強く抵抗するかです。
原子の中に空間があっても、そこが手の通り道になるわけではない。普段何気なく感じている机の手応えにも、そんな原子の世界の仕組みが現れています。
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参考資料
資料確認:2026年10月20〜21日(日本時間)。2026年10月31日、今回の改稿に関わる説明を再確認。
米国エネルギー省「DOE Explains…Nuclei」
https://www.energy.gov/science/doe-explainsnuclei
OpenStax『Chemistry 2e』6.3「Development of Quantum Theory」
https://openstax.org/books/chemistry-2e/pages/6-3-development-of-quantum-theory
The Feynman Lectures on Physics, Vol. II, Chapter 1「Electromagnetism」
https://www.feynmanlectures.caltech.edu/II_01.html
Jens Eisert「Pauli Principle, Reloaded」APS Physics 6, 8(2013年)
https://physics.aps.org/articles/v6/8
OpenStax『University Physics Volume 3』8.4「The Exclusion Principle and the Periodic Table」
https://openstax.org/books/university-physics-volume-3/pages/8-4-the-exclusion-principle-and-the-periodic-table
OpenStax『University Physics Volume 3』9.1「Types of Molecular Bonds」
https://openstax.org/books/university-physics-volume-3/pages/9-1-types-of-molecular-bonds
The Feynman Lectures on Physics, Vol. III, Chapter 2「The Relation of Wave and Particle Viewpoints」2–4
https://www.feynmanlectures.caltech.edu/III_02.html
The Feynman Lectures on Physics, Vol. I, Chapter 12「Characteristics of Force」12–3
https://www.feynmanlectures.caltech.edu/I_12.html
OpenStax『University Physics Volume 3』7.6「The Quantum Tunneling of Particles through Potential Barriers」
https://openstax.org/books/university-physics-volume-3/pages/7-6-the-quantum-tunneling-of-particles-through-potential-barriers
The Feynman Lectures on Physics, Vol. I, Chapter 14「Work and Potential Energy (conclusion)」14–1、14–5
https://www.feynmanlectures.caltech.edu/I_14.html

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