プロがいるのに、なぜ僕は必死で新郎新婦を撮っていたのか

結婚式の写真タイムでスマホを構える参列者の手元とプロカメラマンのシルエット 雑記・エッセイ
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先日、友人の結婚式に行ってきました。

新郎新婦はどちらも30過ぎ。親族中心の式で、自分の友人はほとんどいない。20代前半のキラキラした結婚式とは全然違う、落ち着いた——というか、正直ちょっとアウェーな空気の結婚式だった。

で、そこで気になったのが、写真タイムの多さ。

披露宴の最中に撮る。終わったら場所を移動して撮る。戻ってきたら全員で集合写真。さらに新郎新婦がソファーに移動してまた写真タイム。それが終わったらケーキ入刀で「みなさん撮ってください」。

ご飯食べてる途中なのに何度も立たされる。

しかも会場にはどう見てもプロっぽいカメラマンがいるんですよ。ちゃんとしたカメラ持って、ちゃんとした角度から撮ってる人が。

その横で、一般人のスマホが1台追加されたところで何なんですか。


じゃあ写真タイムが終わって席に戻りたいかというと、戻りたくもないんですよね。

左前には新郎のお母さん。左隣に新郎の親族。右隣に新婦の友人。

誰だよ。

テーブルには美味しそうな料理がどんどん運ばれてくる。実際美味しい。美味しいんだけど、この面子で食べる食事の味には限界がある。正直これなら一人で家でTKG食べてるほうがうまい。

でも僕は率先して「次の料理も美味しいですね」と笑顔で食べていた。

なぜか。

この結婚式における自分のミッションに、途中で気づいてしまったからです。

新郎新婦の親族に、「ああ、息子さんは感じのいい友人を持っているんだな」と思わせること。それが今日、僕がこの席に座っている意味だと悟った。

招待状には書いていなかった。でも行間にはたぶん書いてあった。


だから写真タイムが来るたびに、率先して前に出て撮った。プロがいる横で、スマホのストレージを圧迫しながら。

あの式では、誰かがちゃんと前に出て場の空気を作らないといけなかった。

本当は親族にもう少し前に出てほしい。でも周りを見渡すと60代以上ばっかりで、ちょっと無理そうだった。オラがやらなきゃ誰がやる。

20代の頃なら、こんなに頑張らなかった。周りに友達がいたから、自分が何もしなくても場は勝手に回った。でも今回は違う。アウェーで、静かで、友達は少なくて、逃げ場もない。

だから撮った。本当は全然撮りたくなかったけど、撮った。
美味しいですねと言った。TKGのほうがうまいと思いながら、言った。


花粉の舞う帰り道を一人で歩くスーツ姿の男性の後ろ姿のイラスト

帰り道、駅まで歩いていた。3月の風が冷たかった。スーツのポケットに手を突っ込みながら、ふと思った。

ああ、自分は大人になったんだなと。

キラキラした成長の話じゃない。本音は面倒くさかった。でも「ここは自分がやるんだな」と思って、やった。招待状に書かれていないミッションを、黙ってこなした。たぶん大人になるって、そういうことなんだと思う。

ちなみに、あの日全力で撮った写真は、帰宅後にスマホでサーッとスクロールして見返した。所要時間、約2分。まだ新郎には送っていない。

だってプロが撮ってるんだもん。

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