ドローンやロボット、AIを見ていると、中国の勢いってすさまじいじゃないですか。
分野によっては、もう日本が追いつけるイメージが湧かないほど差が開いているように感じます。
どうしてこうなったんだろう。
そんな疑問から中国の科学技術政策を調べていたとき、法律の中にある一文が目に留まりました。2021年に改正された中国の「科学技術進歩法」では、科学技術人材は社会全体から尊重されるべきだと明記され、知識や人材、創造を重んじ、科学を尊ぶ社会的な風潮をつくることが掲げられています。さらに2019年の政策文書では、学校教育だけでなく映画やドラマ、演劇、漫画などを通じて、研究者の姿や物語を社会に広く伝えることまで盛り込まれました。
日本でも科学者がスポーツ選手のように憧れの対象になれば、研究の道を選ぶ人が増えて科学技術も強くなるのだろうか。私が最初に抱いたのは、そんな疑問でした。
ところが、日本のデータを調べていくと、もっと気になる数字に出会いました。
大学などの教員数は、2002年度調査の17万1,094人から2023年度調査では19万6,305人へと、約2万5,000人増えています。しかし、実際に研究へ使った時間を考慮し、フルタイムで研究する人が何人分に相当するかを計算すると、7万9,604人から6万3,300人へと減っています。教員の頭数は増えたのに、研究時間で換算すると約1万6,000人分減ったことになります。
この数字には注意も必要です。大学等教員の36.1%を占める保健分野では診療などに多くの時間が割かれており、文部科学省も全体の研究時間割合への影響は少なくないとしています。また、理学、工学、農学では2008年度以降、研究時間割合に大きな変化はありません。それでも2002年度まで遡れば、理学や工学でも研究に使える時間の割合は低下しています。研究者の頭数と、実際に研究へ投入されている時間は同じではないのです。
調べ終えて、私の見方は次のように変わりました。日本の科学技術全体が一様に弱くなったわけではありません。企業の研究開発や特許には、今も大きな厚みがあります。一方、論文の多くを生み出す大学では研究費が他国ほど伸びなかった長い時期があり、研究に使える時間も長期的に変化してきました。博士課程への進学では、在学中の経済的支援や修了後のキャリアといった具体的な条件も、判断に関わっています。科学者がどれだけ称賛されているかというイメージ論だけでは、日本の科学技術が抱える問題は見えてこないようです。
日本は「科学技術が弱い国」ではない

まず確認しておきたいのは、日本が決して研究開発そのものをしなくなった国ではないということです。
文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の「科学技術指標2025」によると、日本の産学官を合わせた研究開発費と研究者数は、主要7カ国(日、米、独、仏、英、中、韓)の中でともに3位です。国際共著論文の貢献度を分担して計算する分数カウント法において、自然科学系の論文数は世界5位です。また、複数国へ出願された特許のまとまりを示すパテントファミリー数では世界1位を維持しています。「日本には研究者がいない」「技術を生み出せなくなった」と一括りにするのは、客観的な数字と合いません。
一方、論文を何本出したかではなく、他の研究からどれだけ引用されたかという指標に目を向けると、違う姿が現れます。
2021年から2023年の平均における自然科学系論文の状況は以下の通りです。
| 国 | 論文数 | Top10%補正論文数 |
|---|---|---|
| 日本 | 70,225本 | 3,447本 |
| ドイツ | 72,762本 | 6,845本 |
| 米国 | 289,791本 | 32,781本 |
| 中国 | 599,435本 | 73,315本 |
日本とドイツでは総論文数が比較的近い一方、発表年や分野を補正したうえで被引用数が上位10%に入る「Top10%補正論文」の数には大きな差があります。日本自身の過去と比べても、2001年から2003年平均では4,529本で世界4位だったTop10%補正論文数が、直近では3,447本となり、順位も13位に後退しています。
ただし、これをそのまま「日本の研究者の質が低下した」と読むことはできません。引用数は研究の正しさや社会的価値そのものではありません。Top10%論文も世界全体との相対評価なので、中国をはじめとする海外の研究規模が急速に拡大すれば、引用される構造そのものが変化します。それでも、高被引用論文における日本の相対的な存在感が小さくなったことは、研究活動の変化を見る一つの手掛かりになります。
国の研究費が大きくても、大学に資金があるとは限らない

ここで、私自身が過去に抱いていた誤解を振り返る必要があります。「日本はこれほど巨額の研究開発費を使っているのに、なぜ論文では苦戦しているのだろう」という考え方です。
研究開発費の内訳を見ると、この比較がかなり大雑把だったことが分かります。2023年における日本の研究開発費は、企業部門が16.1兆円です。一方、大学部門はOECD推計で約2.3兆円にとどまります。日本の大学部門は2000年代に入ってから長く横ばいで推移し、その間に中国、ドイツ、イギリスが日本を上回りました。一方、企業部門は主要7カ国中3位の規模を保っています。
企業が新製品や製造技術を生み出すために使う研究費と、大学が新しい知識を生み出して論文として公表する研究費では、成果の現れ方が違います。企業の研究開発費が大きいからといって、大学の研究室にも十分なお金があることにはなりません。逆に、高被引用論文が少ないからといって、日本企業の研究開発まで失敗しているとも言えません。特許の強さと学術論文での存在感の低下は、そもそも同じ物差しで測るものではなかったのです。
実は私は2018年にも『基礎研究と応用研究の違いとは?日本に明るい未来はなさそう』という記事を書いています。当時は基礎か応用かという研究の性格から日本を見て、日本は基礎研究に十分なお金を回していないと考えていました。
今回は、誰がお金を使っているのかという別の切り口から調べました。大学の研究がすべて基礎研究というわけではなく、企業も基礎研究を行うため、今回のデータによって2018年の見立てがそのまま裏付けられたわけではありません。ただ、「国全体の研究費が大きいこと」と「論文を生み出す大学の研究現場に十分な資源があること」は別だと、以前より具体的に理解できるようになりました。
なお、最近の動きには変化もあります。「科学技術指標2026」では、2020年代に入って大学部門を含む研究開発費は増加傾向にあり、博士課程入学者数も3年連続で増加したとされています。長く伸び悩んできたことと、最近になって出ている変化の兆しは分けて見る必要があります。
教員の人数だけでは研究の現場は見えない

今回調べた中で特に印象に残ったのが、研究時間の数字でした。
文部科学省のフルタイム換算データ調査によると、大学等教員の職務時間のうち研究活動に使われた割合は、2002年度調査の46.5%から、2023年度調査では32.2%へ低下しています。
| 調査年度 | 教員の頭数 | 研究時間を考慮したフルタイム換算 |
|---|---|---|
| 2002年度 | 171,094人 | 79,604人分 |
| 2023年度 | 196,305人 | 63,300人分 |
フルタイム換算とは、例えば1日8時間勤務する教員が4時間を研究に使った場合、0.5人分として数える考え方です。したがって、「研究者が1万6,000人辞めた」という意味ではありません。教員の頭数は増えた一方、その職務時間のうち研究へ使われる割合を考慮すると、研究活動の人員相当量が小さくなっているということです。
2002年度調査と2008年度以降の調査では標本抽出方法に違いがあり、完全に同一条件での比較ではありません。ただ、文部科学省自身が2002年度以降の推移を掲載しており、NISTEPも抽出差を補正した長期比較を行っています。
また、分野によって事情は違います。2023年度調査では、研究時間割合は理学が48.0%で最も高く、保健分野は28.8%でした。保健分野では診療などの活動も大きく、しかも教員全体の36.1%を占めるため、文部科学省も全体値への影響に注意を促しています。理学、工学、農学については2008年度以降、研究時間割合に大きな変化は見られません。
「日本中の研究者が同じように研究時間を失い続けている」という単純な話ではありませんが、研究者の頭数だけで研究活動の実態を判断できないことは明らかです。
博士進学を後押しする条件では、経済的支援が最上位だった

では、中国のように科学者を魅力的な存在として社会に伝えれば、研究者になる人は増えるのでしょうか。科学者への憧れが進路選択にどの程度影響するのかについて、今回確認した資料から答えを出すことはできません。ただ、学生が何を考えて進路を選んでいるのかを調べた資料はあります。
NISTEPは、2021年度に修士課程などを修了した、または修了予定だった人を対象に追跡調査を行っています。その中で、博士課程へ進まず就職を選んだ人に理由を尋ねたところ、「経済的に自立したい」「早く社会に出て働きたい」が過半数を占めました。一方、「進学すると生活の経済的見通しが立たない」「修了後の就職が不安」「進学コストに対して生涯賃金などのパフォーマンスが悪い」といった懸念も多く挙げられています。
さらに、「どのような条件が整えば博士課程への進学を検討するか」という設問では、「博士課程在籍者に対する経済的支援の拡充」が最も多く、どの学生分類でも50%を超えました。
この数字を見て、私は自分が大学院生だった頃のことを思い出しました。私自身、修士課程では研究をしながら授業料を払っていました。当時はそれを特に不思議だとは思っていませんでした。
ところが米国の大学院制度を調べると、少し違う仕組みがあります。
まず、米国でもMaster’s programとPhD programは別物です。Master’sは日本の修士課程に近く、授業料を自分で負担するケースも珍しくありません。一方、理工系のPhD programでは、学部卒業後に直接入学できるプログラムもあり、RA(Research Assistant)、TA(Teaching Assistant)、フェローシップなどを通じて、授業料と生活費相当の支援を受けながら博士号を目指す仕組みが見られます。
例えばStanford UniversityのSchool of Engineeringでは、要件を満たすPhD学生について、授業料とRA相当の給与・stipendを含む支援を行う方針を示しています。一方、同じStanfordでも一部のMS課程では資金援助は保証されていません。MITでも、研究を前提としたSM/PhDトラックでは授業料や生活費の支援がありますが、Master of Engineeringでは多くの学生が自己負担です。
つまり、「アメリカでは大学院生なら給料がもらえる」という単純な話ではありません。
ただ、日本で修士課程の学生として授業料を払いながら研究していた自分から見ると、博士号取得を目指す若手を、授業料を払う学生としてだけではなく、研究や教育を担う人材として経済的に支える仕組みがあることは印象的でした。
日本と米国では大学院制度そのものが違うため、単純な優劣をつけることはできません。それでも、博士進学を考える学生にとって、「数年間、生活しながら研究を続けられるのか」はかなり現実的な問題です。
博士進学の判断には、在学中に生活できるのか、修了後の仕事を見通せるのか、長い時間や費用をかけることに納得できるのかという具体的な条件も関わっています。
科学者のイメージを魅力的にすることと、研究の道を選びやすい条件をつくることは別の課題です。
若手教員の雇用構成の変化

研究の道に入った後にも、長期的な変化があります。
文部科学省の資料によると、85の国立大学における40歳未満の本務教員について、任期の有無は以下のように推移しています。
| 年度 | 任期なし | 任期付き | 合計 | 任期なしの割合 |
|---|---|---|---|---|
| 2007年度 | 10,888人 | 6,864人 | 17,752人 | 61.3% |
| 2025年度 | 4,948人 | 11,083人 | 16,031人 | 30.9% |
40歳未満の教員に占める任期なしの割合は、約6割から約3割へ変化しました。
ただし、任期付き教員を一括りに扱うことはできません。2025年度の任期付き11,083人のうち1,588人は、審査を経て任期のない職へ移ることを前提としたテニュアトラック教員です。また、2021年度から助手が集計対象に加わるなど、調査条件の変更もあります。それでも、若手教員の雇用構成が大きく変化していることは数字にも表れており、人数だけを数えても実際の研究環境までは見えてきません。
研究時間や博士人材は論文数と関係しているのか
研究時間の減少や博士課程進学者の動向は、論文数と関係しているのでしょうか。
同じ時期に数字が動いたことだけをもって因果関係と断定することはできません。しかし、NISTEPが1980年代以降の長期データを基に行った分析では、2000年代半ばから2010年頃にかけての論文数の停滞には、教員の研究時間割合低下に伴う研究専従換算教員数の減少が関係していたとしています。さらに2010年頃以降には、博士課程在籍者数や、原材料費など研究を直接行うための費用の減少が複合的に影響したと指摘されています。
これは観察データによる統計分析であり、単純な因果関係を確定したものではありません。また、主として説明しているのは論文の生産量であり、Top10%補正論文の動向を直接説明したものでもありません。
それでも、原因を一つに決められないことと、何も分からないことは同じではありません。研究に使える時間、博士課程の人材、研究を直接行うための費用が、論文生産と関係する要素として分析でも示されています。
科学者を尊敬すれば日本の科学は強くなるのか
冒頭の疑問に戻ります。中国のように科学者を社会的に称賛し、メディアを通じて魅力的な存在として伝えれば、日本の科学技術も強くなるのでしょうか。
中国が科学者尊重の政策を進めていることも、論文数や注目論文数で世界トップクラスになっていることも事実です。しかし、それらが同時に起きているからといって、科学者尊重政策が科学技術の伸びを生んだと断定することはできません。研究費、大学制度、人材育成、産業政策、国際ネットワークなど、多くの条件が同時に動いているからです。
一方、日本のデータからは別の構図が見えてきます。日本は企業の研究開発や特許を含めれば今も大きな基盤を持っています。しかし大学の研究現場では研究費が他国ほど伸びなかった長い時期があり、教員の研究時間割合も長期的に低下しました。博士進学では経済的支援や修了後のキャリアが判断材料として挙げられ、国立大学の若手教員では任期の有無をめぐる雇用構成も大きく変化しています。
科学者に憧れる子どもが増えることや、研究者が敬意を集める社会を目指すこと自体は素晴らしいことです。しかし、研究の道を選ぼうとする人が生活や将来に不安を感じ、研究者になった後も研究に使える時間が十分に確保されない状況があるなら、科学者のイメージを変えるだけでは問題の一部しか動きません。
これからの研究環境を見る視点

2018年の記事で、私は「日本に明るい未来はなさそう」と書きました。8年後のデータを見た今、そこまで言い切るべきではないと考えています。
日本には民間企業を中心とした強固な研究開発基盤が残っています。大学部門の研究開発費も2020年代に入って増加傾向に転じ、博士課程入学者数も3年連続で増えるなど、変化の兆しはあります。
だからこそ、今後打ち出される政策やニュースを見るときには、表面的な数字の奥にある実態を見極める必要があります。
研究費をいくら増やしたかだけでなく、その資金が大学の研究現場にどう届いたのか。
研究者を何人増やしたかだけでなく、研究時間を考慮した換算値がどう変わったのか。
博士を増やそうとするだけでなく、進学時の経済的な不安や修了後のキャリアがどう改善されたのか。
若手教員の数だけでなく、どのような雇用条件で研究を続けられているのか。
予算の総額や人員の頭数を増やすこと自体は目的ではありません。それらが研究する時間や、研究を続けられる環境へと変わって初めて、研究力の強化につながったと言えるはずです。
中国の政策を見たとき、私は「日本も科学者を格好よく見せればいいのではないか」と考えました。調べ終えた今は、少し違う考えを持っています。
科学者への拍手や敬意は大切です。しかし、拍手だけでは研究環境の代わりにはならないのです。
参考資料
中国科学技術部「中華人民共和国科学技術進歩法」(2021年改正)
https://www.most.gov.cn/xxgk/xinxifenlei/fdzdgknr/fgzc/flfg/202201/t20220118_179043.html
中国共産党中央弁公庁・国務院弁公庁「关于进一步弘扬科学家精神加强作风和学风建设的意见」(2019年)
https://www.most.gov.cn/xxgk/xinxifenlei/fdzdgknr/fgzc/gfxwj/gfxwj2019/201906/t20190612_147045.html
NISTEP「科学技術指標2025」「科学研究のベンチマーキング2025」
https://www.nistep.go.jp/archives/61221/
文部科学省「科学の再興に向けて 関連データ集」
https://www.mext.go.jp/content/20260226-mxt_kibanken01-000047394_5.pdf
文部科学省「科学技術指標2026」の公表について
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/2026/1422310_00004.htm
文部科学省「令和5年度 大学等におけるフルタイム換算データに関する調査」
https://www.mext.go.jp/content/20250418-mxt_chousei01-000040124.pdf
NISTEP「大学等教員の職務活動の変化」
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-RM236-FullJ1.pdf
文部科学省「人事給与マネジメント改革基礎資料」
https://www.mext.go.jp/content/20250313-mxt_hojinka-000014359_01.pdf
NISTEP「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点とした追跡調査」
https://www.nistep.go.jp/archives/53896/
NISTEP「修士課程在籍者を起点とした追跡調査(JM-Pro)からみる大学院生への学生支援の在り方」
https://www.nistep.go.jp/activities/sti-horizon%E8%AA%8C/vol-09no-02/stih00338-2/
NISTEP「長期のインプット・アウトプットマクロデータを用いた日本の大学の論文生産の分析」
https://www.nistep.go.jp/archives/44181/
Stanford University School of Engineering「Graduate School Frequently Asked Questions」
https://engineering.stanford.edu/students-academics/student-success-and-engagement/prospective-graduate-programs/graduate-school
Stanford University ICME「Graduate Funding」
https://icme.stanford.edu/academics-admission/graduate-funding
MIT Department of Civil and Environmental Engineering「Funding」
https://cee.mit.edu/funding/

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