イスラム教再考【読書メモ】

哲学・宗教
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イスラム思想研究者の飯山陽(いいやまあかり)さんの『イスラム教再考』を読みました。

衝撃的におもしろかったです。すごい本でした。「こんな本書いて大丈夫なの?」と、著者の身が心配になるくらいに強烈な本でした。

イスラム教というか宗教って分かりづらいじゃないですか。だからそれを簡単に説明してくれる池上彰さんや出口治明さんの本を手に取ってみて、なんとなーく『分かった』気になってる人って多いと思うんです。私もそうです。

そんな人にこそ、この本をオススメします。イスラム教の新たな側面が分かるはずです。もちろんこの本に書かれていることの真偽は私には判断できないのですが、この本を読むことで「だからか。だから問題が起こり続けてるんだ。」と、イスラム教が関わっている争いへの理解が深まりました。

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近代的価値観 vs 神

私たち日本人は宗教というか神を信じていません。だから「神と科学のどっちを信じる?」みたいなことを聞かれると、「もちろん科学っしょ!というか神を信じてるとか怖い。」という反応をすると思います。

ニーチェの「神は死んだ」という超有名なフレーズの通り、西欧的価値観に支配されている国では『全知全能の神』はいなくなりました(熱心な宗教家以外)。人間の理性の方を正しいとします。

でも、この近代的価値観が世界のすべての国に浸透しているかというとそんなことありません。神がいまなお存在しているところがあるのです。

イスラム教徒にとっては、人間の理性なんかよりも『神様の意思』がまだ上なのです。『まだ』と書きましたが、『ずっと』かもしれません。

この価値観の差が、いろいろな問題を生み出している、というわけです。(まぁ近代的価値観を受け入れている日本でも、『反ワクチン』というデータがハッキリと出ているものでさえ、「え?なんでそんな考えになるのよ?」みたいになっちゃう人たちがいて問題になっています。データを見れば分かるようなワクチンでさえそうなのですから、データとかじゃない宗教的価値観を分かりあうってたぶん無理なんです)

日本人のイスラム教への理解は誘導されている

日本のイスラム研究者は「イスラム教は平和な宗教だよ」と言います。

でも著者はそれを「イスラムは平和な宗教といったウソを吹聴している」と言います。

たしかに「イスラム教ってやばいよ。やべー宗教なんだよ。」みたいなことを言う人を、テレビで見たことはありません。まぁそんな過激なこと言う人は、このご時世ですからテレビの出演依頼がかからないのでしょう。

と思いきや、もっと根深い問題がありました。

日本のイスラム研究業界には、イスラム研究者は反体制的でかつイスラム好きのイスラム擁護論者でなければならないと言う不文律があります。

さもなければポストや予算を握る業界の権力者に認められず、権力者に認められなければ業界でポストを得て生き残るのは非常に困難です。生き残るためにはひたすら権力者に忖度しなければならないのです。

p223

なんと日本のイスラム研究業界は、イスラム推しじゃないとポストが与えられず食っていけないという現実があるそうなのです。

だからこそ、「この著者スゲー」ってなるわけです。こんな本書いて大丈夫なの…?と不安になるくらいに、ズバズバとイスラム教のことを斬っていくのですよ。

イスラム教は平和な宗教なのか?

イスラム教は『平和な宗教』と言われることもあります。

私にとってイスラム教が平和なイメージは全然ないのですが、ある人もいるみたい。まあそれはともかく、平和ってなんでしょう?

とりあえずは「争いがない状態」のことを平和といいそうです。でもこれは、人によって、宗教によって、『平和』の意味は違います。

ではイスラム教にとっての平和とはどんなものなのでしょうか?

イスラム教の啓典「コーラン」第8章39節には、「騒乱がなくなるまで、そして宗教のすべてが神のものとなるまで戦え」と明示されています。
イスラム教徒は「コーラン」の一字一句を神の言葉そのものと信じます。 これはイスラム教の根幹をなす教義であり、これを否定するものはもはやイスラム教徒とはみなされません。

えー、怖い。

イスラム教的には『全人類がイスラム教徒になる』ことが平和なそうです。(イスラム教徒は、コーランの一字一句を神の言葉そのものと信じます。これを否定するものはイスラム教徒とはみなされません)

ジハードは「内面の努力」は本当か

「ジハードは『聖戦』とか言われてるけど、本当は『内面の努力』のことだよー、だからジハードは怖いものではないんだよー」、みたいなことを池上彰さん系のイスラム教をわかりやすく書いてある本で読んだことがあります。

でもこの本の著者はこう言います。

「イスラム法の中に、内面的努力としてのジハードを義務付ける規定はありません」

とのこと。

では…ジハードの本来の意味とはなんなのでしょうか?↓

イスラム法の第一法源、第二法源はコーランとハディースです。イスラム法ではもっぱら、 ジハードは血を流して行う異教徒との戦争であり、それはイスラム教徒一般に課せられた義務にして、最善の信仰行為だと規定されています。

p41

えー、怖い。

ちなみにジハードが異教徒との戦争であることは、イスラム諸国の教科書にも明記され、子供たちは教えられているそうな。これ、常識らしいっす。

んでも、イスラム教徒全員が「異教徒を攻撃するぜ!」と思ってないことに注意です。

ここで重要なのは、イスラム教の教義のありのままの姿を認めることと、すべてのイスラム教徒が戦争を望んでいるとかテロリストであると決めつけることとは全く異なる、と言う点です。
イスラム教に暴力的な教義があろうと、それに基づきテロを行うイスラム教徒が現れようと、それとは無関係なイスラム教徒がイスラム教徒であると言う理由だけで差別されたり迫害されたりする事は決してあってはなりません。イデオロギーと個人を混同してはいけないのです。

『イデオロギーと個人を混同してはいけないのです』、これ重要です。

私たちはついつい人をカテゴリーに分けてしまいます。「あいつってあれだよな」的に。

このような思考のショートカットは人類が生きていく上で獲得した能力なのですが、複雑なこの世の中においては間違うことも多々あります。ってことで、「あいつイスラム教だからやべーやつだ」みたいな安直な考えはやめましょー。

イスラム教徒の多数が考えていること

イスラム教徒が考えていることは、私たち日本人とは結構違ったりします。本に書かれていたことを羅列します。(p168くらいから書かれております)

  • イスラム教徒の多数派は身体系の執行を支持しています。
  • イスラム教徒の多数派は信教の自由を否定します。
  • イスラム教徒の多数派は、異教徒は地獄に行くと信じており、異教徒をサルやブタと罵ったり、2級市民とみなして蔑んだり迫害したりすることも稀ではありません。
  • イスラム教徒の多数派は表現の自由を否定します。
  • イスラム教徒の多数派はLGBTを否定します。
  • イスラム諸国では子供に対する体罰や精神的虐待が蔓延しています。
  • イスラム諸国ではいまも児童婚が広く行われ、社会的にも是認されています。
  • 児童婚よって少女は子供時代を奪われ、教育の機会も奪われ、性的に搾取されながら妊娠と出産を強いられ、母親になることや家事労働を強いられます。
  • イスラム教徒の多数派は、男女平等でも同権でもなく、女は男の半分の価値しかないと信じています。
  • イスラム教徒の多くは、妻は夫に完全服従しなければならず、従わない妻は殴っても良いと考えています。
  • イスラム諸国やイスラム教徒の多くは「名誉殺人」に寛大な立場をとります。(名誉殺人とは、女性親族が家族の名誉を汚す行動したり、そう噂されたりした場合に、家族の名誉を回復させるために男性親族が当該女性を殺害する行為です。)

読むと分かるとおり、「あー、かなり考え方違うわ」と思うのではないでしょうか。現代の先進国の考え方とは、かなりズレています。

ここでも重要なことは↓

理解しておかなければならないのは、イスラム教徒のこうした考え方は、彼らの無知に基づいているわけでも、彼らが未開であるからでもなく、彼らが普遍的と考える神の法に基づいていると言う点です。p190

信じてるものが全然違うんですわな。理解しづらいものがありますけど、そーゆーもんだとしか言えませんね。

いやー、イスラム教への理解が深まりました。オススメの本です!参考までに。それでは!

読書メモとして簡単に動画にしています↓↓↓

イスラム教再考 飯山陽【読書メモ】

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