ジョーダン・ピール監督の映画『Us(アス)』を観ました。観終わってからも、まだ頭の隅に居座っている。そういう映画でした。
自分とそっくりな存在に、家を囲まれる。設定だけ聞くと古典的なドッペルゲンガーものに思えますが、この映画が本当に嫌な後味を残すのは、それが「外から来た怪物」の話ではないからです。
家の前に立っているのは、顔も体格も自分たちと同じ4人組です。赤いつなぎを着て、手にはハサミを握り、こちらをじっと見つめて何も言わない。見た目は自分なのに、明らかに何かがおかしい。この「自分の顔をした、自分ではない何か」という気持ち悪さだけで、ホラーとして十分に強いです。
ただ、この映画はそれだけでは終わりません。観終わったあとに残るのは「怖かった」ではなく、「結局これは何の話だったんだろう」というモヤモヤでした。
この記事では、前半でネタバレなしの雰囲気を整理します。後半では、ラストの入れ替わり、テザードの正体、ジェイソンが気づいたこと、そして「11:11」やハサミ、ウサギ、ハンズ・アクロス・アメリカが何を意味していたのかを、ネタバレありで考えていきます。
ネタバレなし|どんな映画か、そして誰に向いているか

主人公のアデレードは、夫ゲイブと二人の子どもと暮らす女性です。彼女には、子どものころサンタクルーズの遊園地で何かに怯えた記憶があり、それをずっと引きずっています。大人になった彼女は、家族旅行でそのサンタクルーズを再び訪れることになります。
本来なら気楽な休暇のはずでした。けれどその夜、一家の前に見知らぬ4人組が現れます。赤いつなぎ、手にしたハサミ、無言の佇まい。顔を見たアデレードは悲鳴を上げます。彼らの顔が、鏡を見ているように自分たちとそっくりだったからです。
ジャンルとしては、ホラー、スリラー、サスペンスに近い作品です。ただ、大きな音でビクッとさせるタイプではありません。怖さの種類が違います。
普通のホラーなら、怪物は幽霊なり殺人鬼なり、自分とは別の存在として現れます。別物だからこそ、逃げたり倒したりして安心できる構図が成り立ちます。でもこの映画の相手は、自分と同じ顔をしています。だから「倒せば終わり」という単純な安堵が、最後まで訪れません。
じわじわ積み上がっていく不安が、観終わったあとも残ります。派手に驚かせる怖さではなく、あとから効いてくる怖さです。
そして、この映画でまず触れておきたいのが、ルピタ・ニョンゴの演技です。彼女はアデレードと、彼女にそっくりなもう一人の存在を同時に演じています。

母親としてのアデレードは、怯えを内に抱えながら家族を守ろうとします。一方の存在は、長い時間で人間性を削り取られたような、別の生き物として立っています。顔立ちは同じなのに、目つきも、姿勢も、声もまるで違います。
なかでも、もう一人のほうが発する声が強烈です。喉を潰したようにかすれていて、地面の下から無理やり絞り出してくるような低さがあります。言葉を吐くたびに、ここにいるのは普通の人間ではないのだと感じます。
一人の俳優が、同じ画面の中でこれほど別の存在に見える映画はそう多くありません。この演技を観るだけでも、映画として印象に残る作品だと思います。
ひとつだけ先に断っておくと、これは謎が全部解けてスッキリする映画ではありません。地下世界、赤いつなぎ、ウサギ、「11:11」、ハンズ・アクロス・アメリカ。記号がたくさん出てきますが、映画はそれを丁寧に説明してはくれません。
同じ監督の前作『ゲット・アウト』が、進むほどテーマの輪郭をはっきりさせていく作品だったのに対して、『Us(アス)』はもっと煙に巻いてきます。「面白かったけど、結局どういう意味だったんだろう」と思ったまま観終わる人も多いと思います。
でも、その問いが残り続けること自体が、この映画の作りの一部なのだと思います。
なので、ラストで前半の見え方がひっくり返る映画が好きな人、象徴を考えるのが楽しい人、すっきりしない後味も込みで味わえる人には、かなり刺さる一本です。
逆に、設定を全部理屈で説明してほしい人や、明快なサスペンスを期待している人には、少しストレスがたまるかもしれません。地下世界の設定は、SF的な精密さより寓話としての強さを優先していて、細かく詰めると粗はあります。それでも、ラストの反転とあの演技には、その粗を一度横に置かせるだけの力がありました。
ここからネタバレあり
ここから先は、映画『Us(アス)』の結末まで触れます。未鑑賞の方はご注意ください。
ひっくり返るのは「主人公が誰だったか」

ラストで明かされる最大の真相は、私たちがずっと主人公として見てきたアデレードが、実は本来のアデレードではなかった、ということです。
子どものころ、サンタクルーズのミラーハウスで、地下から来た少女が本物のアデレードを地下へ連れ去り、自分が地上でアデレードとして生き始めました。そして地下に残された本物のアデレードが、大人になってレッドと名乗り、テザードたちの反乱を率いて地上に戻ってきます。これが物語の正体です。
つまり、前提そのものがひっくり返ります。「トラウマを抱えた被害者」として描かれてきたアデレードは、誰かの人生を奪った側でもありました。一方、「恐ろしい敵」だったレッドは、本来の人生を奪われたアデレード本人でした。
この反転があるからこそ、この映画はただのドッペルゲンガー映画ではなくなります。
テザードについては、作中でレッドが「かつて人間が地上の人々を操ろうとして作り、失敗して地下に放置した存在」だと語ります。地上の人間と一対一で対応していて、地上の人が動けば連動して動きます。地上の人間が自由に人生を選ぶ一方、テザードには選択肢がありません。
ただし、これはあくまでレッドの口から語られる説明であり、映画内で客観的に検証される設定ではありません。実際、これをSFのクローン設定として理解しようとすると、すぐ行き詰まります。全米規模の地下施設を誰が維持していたのか。何を食べていたのか。なぜ連動が起きるのか。映画は答えません。
ここは確かに弱点です。けれど、テザードを「科学的にありうるか」ではなく「何の象徴か」で見ると、設定は一気に意味を持ちます。
地上の豊かな暮らしは、その足元に押し込められ、見ないことにされてきた誰かの犠牲の上に成り立っているのではないか。テザードはそのメタファーです。だからこそ彼らは、外からやってくる怪物ではなく、自分と同じ顔をしていなければならなかったのだと思います。
ミラーハウスで本当に起きていたこと

入れ替わりが起きたのは、1986年のサンタクルーズのミラーハウスです。
初見では、幼いアデレードが鏡の家で自分のドッペルゲンガーを見てショックを受けた場面として流れます。でも真相を知ってから見返すと、そこで起きていたことはまるで違います。
地下から来た少女が本物のアデレードの首を絞めて連れ去り、自分が地上に出ていった。これが、この映画でいちばん残酷な事実です。
家族を守るために必死に戦ったあのアデレードは、その人生の始まりにおいて、別の誰かの人生を奪っています。彼女の恐怖は、被害者の恐怖であると同時に、奪った事実を抱えて生きてきた人間の恐怖でもありました。
そう思って見返すと、彼女がサンタクルーズを嫌がっていたのも、まったく違って見えてきます。彼女は過去の被害に怯えていたのではなく、自分が奪ったものがいつか戻ってくることを恐れていたのかもしれません。
レッドだけが言葉を話せたのも、これで筋が通ります。テザードの多くはうめき声しか出せませんが、彼女は幼いころまで地上で育ち、言葉を覚えていました。あのかすれた声は、首を絞められた傷の跡とも、長い地下生活で潰れた声とも取れますが、どちらにしても「奪われた人生の傷」そのものとして響きます。
反乱を組織できたのも、地上の文化を知り、記憶を持っていたからです。他のテザードには、その言語がありませんでした。だから私は、彼女のしたことを単純に「悪」と片づけることが、どうしてもできませんでした。
アデレードは「偽物」なのか
ラストを知ると、地上で生きてきたアデレードを「偽物」と呼びたくなります。でも、それで話が終わるとは思えませんでした。
確かに彼女は本来のアデレードではありません。地上生まれの人間ではなく、地下から来たテザードです。けれど、夫を愛したことも、子どもを守ろうとしたことも、家族のために本気で戦ったことも、全部が嘘だったとは言い切れません。
一方で、その人生が誰かを地下に閉じ込めることから始まった事実も、消えはしません。
ここにこの映画のいちばん意地の悪い問いがあります。「本物」を決めるのは、生まれなのか、記憶なのか、それともその後にどう生きたかなのか。映画は答えを出しません。ただ、こう突きつけてきます。
自分は「本物の側」にいる。そう思っているその場所さえ、誰かから奪ったものの上に成り立っているのではないか。映画はそんな居心地の悪い問いを残してきます。
ジェイソンは気づいたのか、そしてあのラスト

ラスト、一家が救急車で逃げる場面で、アデレードはかすかに笑みを浮かべます。そして車内で、息子のジェイソンが静かに母を見つめ、自分のマスクをそっと下ろします。映画はここで何も説明しません。
ジェイソンは物語を通じて、よく見て、よく気づく子として描かれてきました。自分のテザードであるプルートとの関係にも、家族の誰より早く気づいているように見えます。そして終盤、躊躇なく、ほとんど野性的に敵を倒していく母の姿は、彼の知っている母親像から少しずれています。
だから、ジェイソンが真相を完全に理解したとまでは言えません。けれど、母に何か秘密があると感じ取った可能性は高いと思います。
マスクを下ろす仕草は、母を直視することを拒む動きにも見えるし、自分も何かを隠す側に回る動きにも見えます。どちらにしても、あのラストは「家族が助かった場面」であると同時に、秘密が次の世代に渡された場面です。
助かったはずなのに、安心できない終わり方です。
タイトル『Us』と散りばめられた記号たち

タイトルの「Us」には、「私たち」と「U.S.(アメリカ合衆国)」の二つの意味があります。
レッドが「あなたたちは何者なのか」と問われて「私たちはアメリカ人だ」と答える場面があります。この一言が決定的です。テザードは外から来た侵略者ではありません。アメリカの内側にいて、見えない場所に押し込められていた存在です。
本当に怖いのは「彼ら」ではなく「私たち」だ。タイトルは、そう言っているように聞こえます。
ハンズ・アクロス・アメリカとラストシーン
ラストでテザードたちが赤いつなぎを着て、手をつないで延々と並ぶ場面があります。あれは1986年に実際に行われたチャリティーイベント「ハンズ・アクロス・アメリカ」の再現です。
ハンズ・アクロス・アメリカは、飢餓やホームレス問題への関心を集めるため、人々が手をつないで大陸を横断した運動でした。映画冒頭ではそのCMが流れていて、地上にいたころのレッドはそれを見ています。彼女はあのイメージを、地下に持ち込んだのでしょう。
地上の人々は善意で手をつなぎ、貧しさを救おうとした。でも、足元にいる存在のことは見ていなかった。レッドたちはその連帯の象徴を借りて、自分たちの存在を突きつけます。
「私たちはここにいる。ずっと、ここにいた。」
あの人間の鎖は、救済ではなく告発でした。
11:11とエレミヤ書
繰り返し出てくる「11:11」も印象的です。時計の表示や、路上の男が掲げる看板。この数字は、聖書のエレミヤ書11章11節と結びつけて語られることが多いです。
エレミヤ書11章11節には、災いが下され、助けを求めても聞き入れられない、という内容があります。映画の文脈で見ると、見ないことにしてきたものが戻ってきたとき、都合よく救われることはない、という地上への警告のように読めます。
同時に「11:11」という並びそのものが、左右対称で鏡像のようにも見えます。分身、対になる存在、地上と地下。映画の構造を、数字の形でそっと示しているようでもあります。
ハサミ、赤いつなぎ、ウサギの意味
ハサミも同じです。テザード(Tethered)は「つながれた者たち」という意味で、彼らはハサミでそのつながりを断とうとします。
けれどハサミという道具は、二つの刃が一つの支点でつながり、向き合いながら何かを切ります。地上と地下、本物と偽物、「私たち」と「彼ら」。二つで一つなのに、互いを切り離そうとする。ハサミの形そのものが、この映画の構造をしています。
全員が同じ赤いつなぎなのも、一人ひとりの人生を奪われ「地下の集団」として扱われてきた彼らの、消された個性の表れに見えます。反乱の制服であると同時に、個人として見られてこなかった存在のしるしでもあります。
地下に大量にいるウサギも、無機質な空間で管理される実験動物の不気味さが、誰かに生み出され放置されたテザードの境遇と重なります。かわいいはずの存在が、あの地下ではまったく安心できないものとして映る。その違和感も、この映画の気持ち悪さを支えています。
記号のひとつひとつが、同じ場所を指している作りになっています。
感想:後から効いてくる、居心地の悪さ
観終わって一番残ったのは、怖さよりも居心地の悪さでした。
テザードはたしかに怖いです。でも本当に嫌だったのは、彼らが完全な「他者」ではないことです。地上と地下は鏡のように向かい合い、同じ顔をして、最初からつながっています。主人公だと思っていた人物が誰かの人生を奪っていて、怪物だと思っていた人物が本来の人生を奪われていた。
この二重性を、映画は最後まで整理してくれません。「悪いのはどちらなのか」という問いに答えを出さないまま、ふっと終わってしまいます。
設定の粗は、正直あります。地下世界を細かく詰めればツッコミどころはいくつも出てくる。でもこの映画の狙いはそこではなくて、自分と同じ顔をした存在を目の前に立たせて、どちらが本物か分からなくさせることなんだと思います。
地上にいる自分は、本当に安全で正しい側にいるのか。その前提を、静かに、でも執拗に揺さぶってくる。その揺れが収まらないことこそが、『Us(アス)』のいちばん怖いところでした。
よくある質問
テザードとは何者ですか?
地上の人間と同じ姿をした地下世界の住人です。作中では、レッドが人間を操るために作られた存在だと語ります。ただ、物語の上では「社会の足元に押し込められ、見ないことにされてきた存在」の象徴としても働いています。
アデレードとレッドはいつ入れ替わったのですか?
1986年、サンタクルーズのミラーハウスです。地下から来た少女が本来のアデレードを連れ去り、自分が地上でアデレードとして生き始めました。
レッドはなぜ言葉を話せたのですか?
彼女こそが地上生まれの本物のアデレードで、幼いころに言葉を覚えていたからです。地下に連れ去られた後も、その記憶が残っていました。
ジェイソンは母親の正体に気づきましたか?
映画は明言しません。ただ、救急車の中での表情とマスクを下ろす仕草から、少なくとも母に何か秘密があることには気づいた可能性が高いと考えられます。
11:11にはどんな意味がありますか?
聖書のエレミヤ書11章11節と結びつけて語られることが多い数字です。そこには、災いが下され、助けを求めても聞き入れられない、という内容があります。見ないことにしてきたものが戻ってきたとき、もう逃げられない、という警告のように読めます。
『Us(アス)』はどこで観られますか?
配信状況は時期によって変わります。Netflix、U-NEXT、Amazon Prime Video、Apple TVなどで最新の状況を確認してください。
作品情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | アス |
| 原題 | Us |
| 公開年 | 2019年 |
| 日本公開 | 2019年9月6日 |
| 監督・脚本 | ジョーダン・ピール |
| 主演 | ルピタ・ニョンゴ |
| 出演 | ウィンストン・デューク、シャハディ・ライト・ジョセフ、エヴァン・アレックス、エリザベス・モス、ティム・ハイデッカーほか |
| 音楽 | マイケル・エイブルズ |
| 上映時間 | 116分 |
| ジャンル | ホラー、スリラー、サスペンス |
| 映倫区分 | R15+ |
| 配給 | 東宝東和 |
参考資料
- 映画.com『アス』作品情報
https://eiga.com/movie/90369/ - Vanity Fair “Jordan Peele Breaks Down His Get Out Follow-Up: Maybe the Evil Is Us”
https://www.vanityfair.com/hollywood/2019/03/jordan-peele-us-movie-lupita-nyongo-winston-duke-interview-meaning - Vanity Fair “Us: What Was Hands Across America, the Creepy Event That Inspired Jordan Peele?”
https://www.vanityfair.com/hollywood/2019/03/us-movie-hands-across-america - TIME “A Handy Guide to the Many Cultural References in Jordan Peele’s Us”
https://time.com/5552412/us-jordan-peele-cultural-references/ - Bible Society “What does the Jeremiah 11.11 reference in the film Us mean?”
https://www.biblesociety.org.uk/latest/news/what-does-the-jeremiah-1111-reference-in-the-film-us-mean


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