『この国の不寛容の果てに』を読みました。相模原事件について、著者と6人の識者の対談がまとめられた一冊となっています。
命の選別は「しかたない」のか?「生産性」「自己責任」「迷惑」「一人で死ね」…不寛容な言葉に溢れたこの国で、男は19人の障害者を殺した。「障害者は不幸しか作らない」という線引きによって。沈みゆく社会で、それでも「殺すな」と叫ぶ、命をめぐる対話集。
この本を読んでいて残念だなーと少し思ったことがあります。それは植松被告の主張について、誰もハッキリと答えていないところです。植松被告は「日本の借金がやばい!だから心失者にまで回せるお金はない!」ということを主張しています。
日本の借金がヤバい問題については、周知の事実ですね。学校の社会でも習いますし、ニュースなどを通して何度も国民に伝えられています。植松被告を殺人へと動かしたのは『愛国心』なのです。
愛国心とは言わないまでも、「この人に税金を使う必要なくね?」みたいな考えは、意外と多くの人は持っています。たとえば、
- 「危ない地域にいったんだから、税金を使って助ける必要はない」
- 「生活保護者は不必要」
などなど、ようは「死んでよし」ということを言っています。自分で手は下していませんが、植松被告とかなり似ている思考なのではないでしょうか。
で、このような思考が出てくるのは『お金』が原因なのですね。バブル期の頃のようにイケイケドンドンの社会であれば「よっしゃ!税金で助けたろうで!」と多くの人が考えたはずです。貧すれば鈍するは、先行き不明な経済状態が根底にあります。
しかしこの本では、経済の問題について対談では詳しく触れられません。そもそも対談の相手が、
- 記者
- 小児科医
- 批評家
- 精神科医
- ソーシャルワーカー
なので、すごく偏ってしまっているのですね。植松被告が「経済がヤバいんだよ!」と言うのであれば、「いや、経済はこうすれば大丈夫なんだ。人を殺してまで社会保障費を減らすことはない。」と言える人を対談相手の一人として選ぶべきだったような気がしております。第二の植松被告、第三の植松被告をつくらないためにも。
ただ、そんなこと言える人がいないのですよね。そんなことが言える人間は、日本のどこを探しても、論理破綻なしで説明できる人なんていないと思います。
- 障害者
- 生活保護
- 働けない人
- (公務員)
などの人は税金があてられます。ということは、民間企業で働いている人がいてこそ生活できるのですね。民間企業で働く人の全員高級取りであればいいのですが、ブラック企業で身心を壊しながら働き、納税している人もいます。必死の思いで納税する人からすると、特になにかを生み出すわけでもないのに税金を受け取る人たちを妬ましく思うでしょう。
過酷な現実と向き合いながら働く人が、税金で生活している人たちに怒りの矛先を向けるのも仕方のないことです。ですから、ここの問題を解決しなければ、第二の植松被告を生み出すことになります。ようは「経済成長していこうぜ!」という話ですね。でも、経済成長は恐ろしいほどの格差も生み出します。いやはや、この問題は難しい・・・。
読書メモとして簡単に動画にしています↓↓↓
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