両替商から銀行へ発展。そして日本銀行の設立へ。

日本銀行
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明治になると「両替商」は「銀行」として発展しました。
「お金」の概念の誕生を読んでいると分かりやすいと思います。

銀行の銀行と呼ばれる「日本銀行」がなぜできたのか?
今回はそれについて学んでいきましょう!

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日本銀行の設立まで

日本銀行(日銀)の役割

銀行の銀行」と呼ばれている日本銀行が設立するまでの流れを見てみましょう。
まずは日本銀行はどんな役割があるのでしょうか?

「おし!ちょっと日銀でお金おろしてくるわー!」なんて友達います?
個人にとっては「銀行」とはお金を引き出す場所だと思いますが、日銀は違います。

日本銀行は日本の「中央銀行」

さて中央銀行とはなんでしょう?
中央銀行とは、国の金融の中枢に位置する銀行のことです。

そのため役割としては、物価の安定と金融システムの安定を目的としています。
僕たち個人としては物価の安定がとても重要です。

例えば、缶ジュース買うのに2万円とか払いたくないですよね?
世の中の情勢により、物価が高くなりすぎたり低くなりすぎたりしないようにコントロールしてくれているところが日本銀行なんですね。

日本銀行ができるまで

僕たちは今普通に「日本」として国を認識していますが、いつ頃から「日本」と認識したと思いますか?
それは外国に脅威を持ち始めた頃、つまり江戸時代です。

黒船が来て、ようやく日本という1つの国として戦わなければ外国に負けるという恐怖心が現れたのでしょう。
そこから江戸幕府を倒幕して「日本」ができたのですね。

明治政府は西洋諸国と対抗するためにも、またまだひよっこの「日本」の近代化を急ぐ必要がありました。
そのためにも国内の貨幣制度を整えて、流通網を強化する必要がありました。

当時の通貨は江戸では金、大阪では銀が中心でまだまだ共通の通貨制度が整ってなかったのです。
明治政府は通貨制度を整えるため「1両」を「1円」と決めました。

そこで新しい通貨制度のもと金や銀を交換する場所として「両替商」が「銀行」へと変わっていきました。
注意点ですが、この銀行は名前を「国立銀行」と言いますが、国が管理している銀行ではありません。

こうした銀行は独自の「銀行券」を発行し、この銀行券の所有者は、銀行券(兌換券)を銀行に持ち込めば、金と交換することができました。
そのころ明治政府と西郷隆盛が戦う「西南戦争」が起こり、明治政府は戦費を賄うために大量の不換紙幣(金と交換できない紙幣)を発行しました。

これが原因となり社会にお金があふれ、お金の価値が下落するインフレが起こりました。
そこで明治政府は通貨価値を安定させるためには、銀行を統制する中央銀行が必要であるとし、「日本銀行」を創立させたのです。

そして日本銀行は不換紙幣を回収し通貨の安定を図りました。
また、国立銀行は貨幣発行権がなくなり普通銀行となり、紙幣発行ができるのは日本銀行だけとなりました。

この時は金の量と紙幣の発行が一定になる「金本位制」と言います。
詳しくはウィキペディアで。

しかし、金本位制だと紙幣の発行量が日本銀行が保有する金の量に制限されてしまいます。
それを避けるために1942年に「管理通貨制度」で日本銀行券の発行は、保有する金の量に縛られなくなりました。

すなわち、日本銀行券は不換紙幣となり、金の裏付けのないただの紙となったのです。
さてさて、ここまでくると「お金」とは一体なんなのでしょう?という疑問を持つようになりますね。

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まとめ

いかがだったでしょうか?
この記事では『日本銀行の設立』について書いてきました。

簡単にまとめると、日本銀行は、西南戦争で明治政府により大量に発行された紙幣によるインフレを抑えるために設立されたものです。
もともと金本位制により紙幣=金と裏付けされていたが、今は「管理通貨制度」により日本銀行券は金の裏付けのない紙幣となっています。(お金の価値って結局は人の『信用』なんですよね)

今回の記事も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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